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柾木君と山之辺君・1
夏季講習が続く8月。クーラーのない教室は窓を開けても熱気がこもるから、まるでサウナだ。休み時間になると、誰も彼も私物のハンディタイプの小型扇風機で束の間の涼を取る。俺も最大出力で送風を受けながら、何気なく窓の外を見た。それがいけなかった。
「せーんぱーい! 柾木先輩ー!」
グラウンドの縁に立っていた小柄な男が、不意にこちらに気がついた。マズいと思った次の瞬間、ソイツが俺に向かって叫びながら、伸ばした両腕を大きく振り始めた。
「せんぱーい、べんきょー、頑張ってー!」
「あの馬鹿っ……」
グラウンドでは、野球部がランニングしている。多分あれは1年生だ。2年生は、完璧な空調が効いている屋内練習場だろう。
手を振っているのは、マネージャーの山之辺だ。ランニングのタイムを記録しなきゃいけないだろうに、ストップウォッチそっちのけで俺にアピールしている。
「……あ」
山之辺の後方から、紺色のジャージを着た監督が大股で近づいてきた。そして持っていたクリップボードで山之辺の頭を軽く叩くと、何事か指示している。すると山之辺は、あろうことかこちらを指差した。2人が揃って俺に視線を向けてきた(ように見えた)。仕方なく、俺は窓辺で一礼する。山之辺は、またも両腕をブンブンと振り回して飛び上がり、監督に小突かれていた。
「はぁ……勘弁してくれよな……」
休み時間終了のチャイムが鳴る。ヘンな冷や汗をかいちまった。このあとは昼まで数学だ。XとかYとか、XとかXとか……やめよう。数式から飛び出したXとYが、頭の中でダンスする。ヤベぇな……暑さで混乱している。俺が好きなのはXXであって、XYじゃない。多分、そのはずだ。
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