山之辺君の本音

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山之辺君の本音

 廊下の突き当たり、部室まで数mというところで、話し声が聞こえてきた。 「あのさ、奏風(かなた)ぁ」  2年生のマネージャー、浅野幸多(あさのこうた)の声だ。奏風ってことは、山之辺も中にいるらしい。部室のドアは見た目よりも薄くて、中の会話が筒抜けになるのだ。 「もしさぁ、柾木先輩がオッケーしたら、お前、先輩とヤったりすんの?」 「こっ、コータ先輩っ?!」  思わず足が止まる。なんて話をしてるんだ、コイツらっ!  急ぎドアを開けようと足を踏み出したら、隣から腕を掴まれた。信之介が神妙な顔で首を振る。立ち聞きしろって? 「お前の好きってさぁ、それもアリ?」 「…………そ、それもアリ、です」  短い沈黙のあと、山之辺の上ずった声が答える。  マジか。マジなんだな……。  冗談、じゃないことが分かってしまった。 「ふぅん。ま、頑張れー」 「あっ、ありがとうございますっ!」 「おー、帰ろ帰ろ」  ガラガラとドアがスライドし、人影が2つ現れる。 「あ、先輩。今日はもう部活終わったんスよー」  薄暗い室内から出てきた浅野は、悪びれる様子もなく、ヘラヘラと笑う。  コイツ、俺達がドアの前に居ることに気が付いていて、わざと――? 「ほら奏風、鍵かけるから、早く出ろって」 「あっ、は、はいっ」  浅野は、室内で顔色を失っている山之辺の腕を掴んで引きずり出すと、その場の空気をものともせずに施錠した。 「京田先輩、これから鍵返しに行くんスけど、付き合ってくださいよぉー」 「お、おお……」  そして、信之介だけを指名して、強引に背中を押しながら廊下をズンズン歩いて行く。 「おいっ、浅野っ!」 「柾木先輩、お疲れっしたぁー!」  してやったりの笑顔で去っていく。まだ動揺の収まらない俺の前には、項垂れて小さくなった山之辺が残された。 「……あ、あのっ、柾木先輩っ」  先に沈黙を破ったのは、山之辺だった。少しだけ上げた顔も、耳も首筋まで、はっきりと朱に染まっている。 「さっきの……聞こえて……いましたよね?」 「立ち聞きするつもりはなかったんだぞ」 「分かってます!」  彼は首をブンブンと振った。両手をギュッと握り締めて……結んだ唇が微かに震えている。多分、俺には知られたくなかったのだ。  この数ヶ月、俺は何度も告られてきた。その度に断ってきたのに、コイツはちっとも挫けず、あっけらかんと明るくて……いくら払ってもじゃれついてくる仔犬みたいな存在だった。だから、俺も油断していたんだ。コイツの「好き」は「LOVE」より「LIKE」に近いのかもしれない、と。だけどちゃんと考えておくべきだった。コイツの「好き」が「LOVE」なら、その感情の先には、生々しい欲望が渦巻いていて然るべきなのだ。  フウッと息を吐いて、覚悟を決める。これは、ちょうどいい機会だろう。 「山之辺、もう帰るんだろ? 少し、話す時間あるか」 「えっ……はっ、はい」 「じゃ、ちょっと待ってくれ」  信之介に、先に帰ることをLINEする。程なく既読になって、ポコンと『了解!』のスタンプが返ってきた。
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