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柾木君と山之辺君・2
夕方のマックは、ほとんど学生で埋まっていた。山之辺に席を確保させ、俺は注文カウンターに並んだ。
5分後。2人分のバリューセットに大盛りのポテトを加えたトレイを手に、山之辺を探す。グッジョブ。彼は首尾良く、隅の席を確保していた。
「いくらですか」
俺の姿に気づくと、グレーの長財布から金を出そうとしたので、片手で制する。
「ま、いいって。俺から誘ったんだし」
「でも」
「ここは先輩の顔を立てろよ」
「……ありがとうございます。ゴチになります」
先輩風を吹かせると、山之辺は素直に頭を下げ、親指の先ほどもある大きな銀色の鈴がゴロンと付いた長財布を鞄にしまった。
「ん。お前には、しょっちゅうクッキーやら……差し入れをもらってるからな」
Mサイズのコーラを一口飲んで、ハンバーガーに手を伸ばす。濃厚なソースに香辛料過多のパテの背徳感。引退前は体重管理が厳しかったから、口にしたのは随分久しぶりだ。
「あれは、僕が好きでしてることです」
「好き、か……」
互いにハンバーガーとポテトを黙々と食べる。俺は話を切り出すタイミングを探りながら、山之辺は会話の糸口が見つからない様子で。気が付けば、大盛りだったポテトは1/3まで減っていた。
「山之辺。さっきの話だけどな……」
わざわざ時間を作ったんだ。俺から、きちんと話さなきゃ。
「はっきり言うぞ、俺は男とは無理だ」
「……分かってます」
「だよな。何度も断っているもんな」
「はい……それでも、僕は、先輩が好きです」
「俺は、どうすることも出来ねぇぞ」
俺達の間には、高くそびえ立つ壁がある。深くて長い溝がある。嗜好の相違は、どうしようもない。
「お前が望んでるような……」
「そっ、それは、いいんですっ!」
山之辺は、また首から上が真っ赤になり、慌てたように俯いた。
「あれは、忘れてくださいっ。僕は……先輩のこと、応援出来ればいいんです。それ以上は、求めませんからっ……」
求められても困る。それにしても、“応援”か。
「俺、お前になにかしたっけ」
「はい……先輩は沢山、僕に力をくれました。今、野球が好きでいられるのは、先輩のお蔭なんです」
そんな漠然としたことを言われてもなぁ。
「妙な期待をしないで欲しいんだが、正直なところ、お前のことは嫌いじゃない。後輩としては可愛いし、いいヤツだって思っている」
ポテト越しに、一層赤くなった顔があんぐりと口を開けている。少し上目遣いの大きな瞳がジワジワと潤んで。
「ゆ、め、みたい……」
店内のざわめきに掻き消されそうなほど小さな声を震わせて、山之辺が呟いた。
「だから、勘違いするなよ? 好意と恋は違うんだからな?」
肩も小刻みに震えてきたから、慌てて釘を刺す――が、時既に遅く。ポロリと涙が溢れると、もう止まらない。ヤバい。これって、傍から見たら、俺が泣かせたみたいだろ。
「どうしよう……心臓が壊れちゃう……」
「とりあえず、水分入れて冷ましておけ」
「はいぃ……」
頭から湯気を噴き、涙腺も崩壊した山之辺は、素直にドリンクカップを掴むと、一気にコーラを啜り上げ――案の定、大きくむせた。
「おい、大丈夫か?」
思いがけず伸ばした指先が触れた肩が、本当に熱くて驚いた。あっ。つい触っちまったけど、逆効果じゃねぇのか?
「ちょっと待ってろ、な?」
コクコクと頷いたのを見届けて、その場から逃げた。とりあえず、ウーロン茶でも買って――って、なにやってんだ、俺。
己の迂闊さに、大きく溜め息を吐いた。
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