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真面目に働くなんて、器量の悪い女のすることだと思っていた。
自分のように若くて器量の良い女は、男に貢がせればいいと。
それが、好き放題暮らしていたら、いつのまにか手に負えないほどに借金が膨らみ、遊郭へ行くか奉公するかを迫られ、渋々後者を選んだのだった。
ほとぼりが冷めたら逃げ出せばいいと軽く考えていたのだが、ここまでの道のりを考えると案内なしに人里へたどり着くのは難しい気がした。
屋敷の入り口に着くと引き戸を開け、男が大声を張り上げた。
「坂本屋ですがー! どなたかいらっしゃいますかー!」
トミが結った髪の乱れを直しながらつまらなそうに玄関を眺めていると、廊下の奥から人影が現れた。年のころは三十ほどの女性。老女を伴っているが、明らかに着ている着物は女性のほうが格が上だった。そしておかしなことに、その老女に手を引かれている。
「坂本屋さん、いつもお世話になってます。――新しい奉公の方ね」
ころころと、鈴のような声が言う。
トミはその女性を三和土から見上げて、唇の片方を引きつらせた。
――おやおや、残念な器量だこと。
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