千年、あなたとともに

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 ――やってきて早々に逃げることばかり考えていたトミだったが、夜に帰宅した屋敷の(あるじ)を玄関で出迎えたとき、その考えは霧散した。 「きみが新しい奉公人だね。これからよろしく頼みます」  低く、艶のある声に、正座をして下げていた頭が思わず上がる。  見上げると、そこに立っていたのは見惚れるほどの美丈夫だった。  一つに束ね、左胸に向けて垂らしている長い髪は絹糸のよう。そしてトミを見下ろす双眸は、いつか見た舞台俳優顔負けの色気があった。  トミの目を惹きつけて離さない端麗な笑みを残し、主は奥の間へと歩いて行く。  その凛々しい後ろ姿を見送りながら、トミは自分の指を噛み締めた。  ――なんて美しい男なんだろう!  どう見ても、千代より若いじゃない。大体、千代とは見栄えが釣り合わなさすぎる。  あんな冴えない風貌の女じゃ……。  そこで、頭をよぎったのは邪な妄想だった。  釣り合うとしたら……きっと、あたしのほう。  そう、あたしはまだ若いし、それに男を惹きつける容姿をしている。周囲の男たちはみんなあたしを物欲しそうに見ていたものだった。  トミはにんまりと笑って立ち上がった。  その頭に思い浮かべるのは、千代の上質な着物を羽織った自分と、隣に立って優しく微笑む主の姿だった。  これは、ひょっとしたらひょっとする。あたしの魅力を見せつける機会さえあれば……。  その、機会は割とすぐに訪れた。
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