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ある夜、自室でトミが寝転がり、持参していた雑誌をランプの明かりで眺めていると、襖越しに声を掛けられた。相手は老女だったからなおざりに返事をすると、
「旦那様がお酌をして欲しいと仰っているので、奥の座敷へ向かうように」
と、老女のしゃがれた声が言った。
トミは目を見開き、弾かれたように起き上がった。擦り切れるまで繰り返し読んだ雑誌を放り投げ、抑えきれない笑みに肩を揺らす。
――やっぱり! やっぱりきた! くるとは思ってたけど、こんなに早いなんて!
ひとしきり意地の悪い笑いをしてから、一つ咳ばらいをし、
「……今、行きますから」
と澄ました声で返事をすると、急いで荷物の中をかき回し、おしろいを取り出した。
この好機を逃すまいと、丹念に肌に粉を塗りこめる。
それから少しでも主の気をそそるように、着物の襟を限界まで抜き、髪を整えると部屋を出て、廊下を急いだ。
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