妖怪

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「私、この土地の人間じゃないんです。生まれは九州なんですけど、仕事で全国を回っているんです。そうしたらたまたま胸に癌が見つかってしまって」  ここは埼玉だ。親も九州からだと来るのは大変だろう。一人で闘病なんて偉いな。 「女性で全国を回る仕事って大変ですね」  エレベーターが一階に着いた。凛香を先に降ろす。なんとなく二人で売店に向かった。 「私、特殊な力があって妖怪が見えるし退治もできるんですよ。それであちこちの人から呼ばれるんです。あ、いきなりこんなこと言ったら引きますよね」  明彦は妖怪を信じない。河童を信じないように一つ目小僧や砂かけ(ばばあ)も架空の人物だと思っている。でも凛香は冗談を言っている口ぶりではない。頭ごなしに否定したら可哀そうだ。 「引かないよ。そうそう、家からここの病院まで来るのに川沿いを歩くんだ。河童に注意って看板が立っててね。本当にいるのかい?」 「はい。います。人の尻子玉を抜くので祇園祭の前後がある六月は川で遊ばないほうがいいです」  そうはっきり言われると本当にいるような気になってきた。  売店に着いた。雑誌コーナーで女性週刊誌を二冊選ぶ。凛香はスィーツコーナーでプリンを一つ取った。レジに並んでお会計を済ます。明彦のほうが遅かったが凛香は待っていてくれた。 「戸田さん、病気つらそうですね。ご飯もあまり食べてないみたい」  やはり食べてないのか。リンパ節の癌を切除するから体力はつけておいてほしいのに。ふりかけとか海苔を買っていってあげようか。病院のご飯は薄味だと聞く。 「木村さん、先に病室へ帰っていてください。僕、まだ買いたいものがあるんで」  凛香は頷いた。明彦は売店の中に戻って、ふりかけと海苔の佃煮を買う。これでお米は食べられるかもしれないが問題はおかずだ。できるだけ食べるように口が酸っぱくなるまで言わないと。
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