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それからオレたちはそのまま抱き合って眠り、次の日変わらぬ朝を迎えた。けれどいつもにも増してこいつがデレている。朝から胸焼けしそうなほど甘ったるく、オレに絡んでくる。
「好きだよ」
ことある事にそう言ってそいつがハグしてくるけど、オレはそれをスルーする。魂胆は分かってる。オレにも言わせたいのだ。
でも言わない。
「・・・知ってる」
そう言いながらそいつの腕から抜け出さないのだから、オレの気持ちも分かってるはずなのにそいつは諦めない。
「愛してる」
「・・・・・・・・・」
滅多に言わない言葉も言われ、オレの顔は不覚にも熱くなる。それでもオレはなにも言わず、そいつの胸に顔を隠した。
「残念。でもまたいつか言ってね」
大して残念がってない声でそう言うと、オレの頭に頬をつけてぎゅっと抱きしめる。
それがすごく嬉しくて、幸せだ。
でもオレは何も言わない。
だって恥ずかしいだろ。
でもオレの気持ちは伝わってるようで、そいつは嬉しそうにしばらくオレを抱きしめていた。
ああ、こんな幸せな日が来るなんて1年前には想像もしていなかった。
いつもと変わらぬ日常が、けれど気持ちは前よりも近づいて、オレはどうしようもないくらいの幸せの中にいる。
オレも大好き。
口には出さないけれど、オレは心の中で呟いた。
そんな日々を数日過ごし、オレたちは一緒に区役所に行った。特にその日が何かの記念日ではなかったけれど、とにかく早く行きたくて、一緒に休める一番早い平日だった。そして無事パートナーシップ証明書を申請できたその日は、何でもない日からオレたちの記念日となった。
左手の薬指にはまった指輪を見て、隣のそいつの指も見る。きらりと光るお揃いの指輪。
毎年この日を一緒にお祝いしたい。
そう思いながらオレたちはこの日、晴れて夫夫となった。
さて、そいつは今日もせっせと家事をこなし、オレは何もしないでソファに座っている。今日のごはんは昨日テレビで見たパエリアだ。何気に見ていた料理コーナーでオレが『おいしそう』と呟いたのを聞き逃さなかったらしい。
だからって次の日に作るかよ。
仕事して家事もして好きなものを作ってくれて、おまけに夜は気絶するくらいスペシャルなテクニックで酔わせてくれる。
こう言うの、なんて言うんだっけ・・・あ、スパダリだ。
1年前まで『何も出来ないサイテーのくずのダメヒモ』だったのに、今では超がつくほどの『スパダリ』にまで成長してしまった。
オレは自分を見る。
あれからなにか変わっだろうか?
全く何も変わらない自分の姿に、知らずため息が出る。
とりあえず『おっさん同士キモイ』と言われないようにしないとな。
最近こいつの料理が美味しくて、体重が増えてしまった。まだお腹の肉を摘めるほどでは無いけれど、筋肉は皆無。歳も歳だしこのままだとダルダルの身体になってしまう。
ジムにでも行くか。
そう思っていると、そいつがパエリアの仕込みを終えてコーヒー片手にこっちへ来た。
「言っとくけど、全然太ってないからね」
お腹の肉を摘もうとしていたのを見られたらしい。
「もうすこし太ってもいいくらいだよ」
痩せすぎなんだから。
そう言ってコーヒーを渡してくれる。
「・・・そうかな?」
「そうだよ」
でも太るのはやだな。
そう思いながらもらったコーヒーを飲む。
いい香り。
隣でもそいつがコーヒーを飲んでいる。
何気ない日常のひととき。
この日常が、永遠に続きますように。
了
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