ヒモの成長〜20年越しの初恋 その後〜

2/15
373人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
その証拠に、こいつはなんでオレに怒られているのか分からず、ずっとおどおどしている。 大きな身体を小さく丸めて正座するそいつを見て、オレは知らず深いため息をついてしまった。そんなオレにそいつはビクッと身体を強ばらせる。 こいつ一人くらい養える経済力はある。 そう思ってこいつをここに住まわせたけれど、こいつの生活の全てを背負うことになるとは思わなかった。だってオレたちももう三十半ばだぞ?完璧でなくても、それなりに生活出来ると思うじゃないか。実際オレだってこれでも自炊して、掃除して洗濯して、それなりに部屋だって片付けてるよ。お風呂もトイレもちゃんと掃除してるし、なんならあとでまとめてやるのは大変だからと普段からちょこちょこやってきた。なのに、こいつ一人が家に来ただけで、毎日帰ってから部屋の片付けしてごはん作って後片付けして、お風呂用意して・・・それで仕上げは下手くそなエッチ。 オレは一気に脱力してしまった。 赤ちゃんじゃん。 こいつ・・・ヒモどころの話では無い。何も出来ない赤ちゃんだ。 オレが今まで築いてきた一人暮らしの快適な空間が、音を立てて崩れて行く。 だけど・・・。 それでもオレは、こいつと離れたくないのだ。今だって仕事で疲れて帰ってきてのこの惨状にブチギレはしたものの、追い出そうとは思わない。それになんでオレが怒ってるのか分かっていないのに、泣きそうな顔で謝るこいつを抱きしめたいとすら思ってしまう。 ほんと、どんだけ好きなんだか。 でも言ってやらない。 『気絶させるくらい気持ちよくさせたら』 その条件を満たすにはまだまだ先は長いけど、それでも言ったからにはそれまで言うつもりは無い。まあ、言わなくてもきっと分かってると思うけどね。 それはそうと、さて、どうしたものか。 こいつは赤ちゃん並みの生活能力しかないけれど、赤ちゃんではない。きっと言えば分かるし出来るはずだ。 そうだ。 犬だ。 犬を飼ったと思えばいいんだ。 初めて家にお迎えして来た犬だと思ってしつければ、きっとこいつも出来るはず。 こいつは犬。 それも生まれたばかりの赤ちゃん子犬。 オレはそう心で思って、こいつをしつけることにした。家に来たばかりの子犬だから、あんまり色々なことを一度に言うとは混乱してしまう。そう思ってオレはまず、自分の使ったものを片付けることを教えた。 食べた食器は流しの中に。 自分で出したゴミはゴミ箱へ。その時の分別も一緒に教えた。これはすぐには難しいので、分別表をゴミ箱に貼った。ちょっと格好悪いけど覚えるまでは仕方がないし、本当に赤ちゃんじゃないのだからすぐに覚えてくれるだろう。それから脱いだものはランドリーバスケットに入れること。 先ずはそれだけ出来ればいい。 そう思ったけれど、こいつはそれを直ぐにマスターした。それどころか洗濯機と掃除機の使い方を聞いてきて使えるようになると、自発的に掃除洗濯をするようになった。ゴミもゴミの収集日にはちゃんとまとめて玄関に置いてくれるようになったのだ。それだって本当は自分で捨てに行こうとしていたのを出勤のついでに持っていくからいいとオレが止めたらそうなった。 こうして、あんなに赤ちゃん同然だったそいつが人並みに家事能力を身につけるのに、そう時間はかからなかった。 もしかしてこいつは、ものすごく優秀な人間なのではないだろうか。 オレが知ってるこいつは中学の1年から2年の夏までだ。その時は特に目立った感じもなく、どっちかと言うと身体は小さめでどこか自信なさげだった。でも今のこいつはオレよりも背が10cmは高く、どこか自身に満ちている。と言ってもオレの前ではしっぽを振ったわんこみたいだけど・・・でも、彼女との出会いは家庭教師のバイトだって言ってたし、そんなバイトは有名大学生にしか出来ないのではないだろうか。 今までこいつの過去を聞いたことがなかったけど、実はすごく出来るやつなのかもしれない。そう思ってみると、見た目もかなり整っている。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!