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あまりにも不本意な練習内容を前に、セームで体を拭く最中もため息が止まらない。一体何があそこまで翠を怒らせてしまったのだろう?そして翠にどうやったら機嫌を取り戻してもらえるのだろう?跳はそんなことをぼんやりと考えながらロッカーの鍵を開けた。
「志吹!お疲れ」
チームメイトの神崎が声をかけてきた。神崎は背泳ぎの選手で、大学の水泳部のときから同期だ。
「今日はホントに調子悪かったんだな」
「ああ…………」
「新婚の嫁さんとの生活が毎日楽しすぎて練習に身が入らないとかか?」
「違う」
「そうか……まあそれにしても、昨日の記者会見、面白かったな。スポーツニュースで見たぞ」
「面白かった?」
「だって記者にも大うけだっただろ。奥さんの得意な料理は?って質問。完全に狙ってただろ?」
「狙ってた?」
ポカンとした面持ちの跳を前に、神崎が頷く。
「狙ってないと言えないだろ。得意料理は?って聞かれて生野菜サラダって答えるなんて。料理してねえじゃん、切ってちぎって洗っただけだろって関西人だったら即座にツッコミ入れてるぞ!……って、あれ?どうした?」
顔から血の気が引いていっている跳の姿を見て、神崎は思わずそう尋ねた。
「もしかして昨日のスポーツニュース、そこしか流していなかったのか?」
「そこしかって?」
「得意料理に関する質問の答えだよ」
「ああ、そうだよ」
「そうか…………そういうことだったのか」
跳は思わず天を仰いだ。映像で全部拡散されてしまったものは取り返しようがない。
「……いや、待てよ?映像が無理でも、もしかしたら!」
跳はそう言うと、荷物をまとめてコンビニに走っていった。
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