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ご機嫌ななめの真相
跳が家に戻ると、翠はまだすねた表情をしていた。
「あのさ……」
「何?」
「ちょっと、話せないか?」
「何の話?」
翠はそっけない口ぶりだ。
「ちょっと、誤解だけは解いておきたくて……まあ、誤解を招いたのは僕だから、謝らないといけないのは確かだけど…………」
「誤解って、何?」
「怒っている理由、アレだろ?昨日の記者会見で生野菜サラダって答えたアレ」
翠は首を縦にも横にも振らない。むしろこの態度こそが問題の核心を示していた。
「これ、続きがあるんだよ。見てほしい」
跳はそう言うと、今朝の横スポの記事を出した。
「競泳の志吹跳、結婚!お相手は一般女性」
と見出しが飾られた紙面だ。
「確かに僕は、生野菜サラダと答えた。でもそれはウケを狙って言ったわけでもないし、ましてや翠の料理が下手だとかそういうわけでもない。これ、読んでみて」
跳に促され、翠は紙面に目をやった。紙面には次のように書かれていた。
志吹選手は奥さんの得意な手料理は?との質問に対して「生野菜サラダ」と答えて報道陣の笑いを取ったうえで、「生野菜サラダって言っても、具材にエビや豆、ささみなんかもたくさん使って、たんばく質をたっぷりとれるよう工夫してくれたりしているんですよ。それにドレッシングだって手作りなんです。僕の選手生活を全力で支えてくれている、本当に心強いパートナーです」と、新妻に謝辞を綴っていた。
記事に一通り目を通した翠は、ばつの悪い表情を浮かべた。
「……でもさ、どうしてよりによってサラダだったの?」
「だってさ、美味いんだもん。翠のつくるドレッシング。ほら、あのにんじんとかみかんとかすりおろしてミックスしてるお手製のやつ。好きな料理は?って聞かれたら、それが最初に思い浮かんじゃって……」
翠は全身から力が抜けていくかのようにため息をついた。その姿を見ながら跳自身も心に刺さったとげが抜けていくのを感じていた。
「……今日の練習は、どうだったの?」
「ボロボロだった」
跳はそう言いながら笑う。
「ごめんね。私が変な誤解をして拗ねてたから」
「いや、誤解を招いたのは、こっちだから。僕のほうこそごめん」
跳はそう言いつつ、軽く頭を下げる。
「今日はさ、仲直りの記念日だね」
翠が言う。
「記念日か……」
「そう。サラダがきっかけで起こったけんかの仲直りの日で、サラダ記念日!」
「…………それ、いろんな意味でまずいと思うよ」
跳がそう言いながら笑う。
「じゃあちょっと変えて、サラダ・アニバーサリーにしよう!」
「うーん。まあ、いいか!そうしようか」
ちょっと考えこんだ後、跳が翠の提案に乗った。そして跳が言葉を続ける。
「いろいろ至らない点もあったりするけど、これからもよろしくお願いします」
跳が深々と頭を下げた。
「私のほうこそ、これからもよろしくね」
翠がそう微笑んだ。
「さあ、夕食の支度するわね。テレビでも見て待ってて」
翠はそう言うとエプロンをつけてキッチンに立った。
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