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私が動けるようになってアーディルのいる離宮に行った時には、既にユセフ王子の訃報は宮殿どころか街中に広まっていた。侵攻の失敗、ユセフ王子の殉死という最悪の結果に失望したのか、見かける臣民の顔は暗くて市場も活気がなく静かだった。
良い話でもないのにアーディルに知らせるためにわざわざ私が出向く必要はないのかもしれないが、ユセフ王子のことだけは私の口から伝えたかったし、訃報を聞いた時の彼がどれほどショックを受けたかを考えると、独りにはしておけなかった。
離宮でも官人たちが不安げな面持ちでそれぞれがなんとか仕事をこなしている。中庭に建っている礼拝堂の前を通りかかった時、ちょうど中から出てきた文官のエルバンと出くわした。遠征中の留守を任されていたエルバンは、体中包帯だらけの私を見るなり血相を変えて詰め寄った。
「貴様! ユセフ王子の側近でありながら自分だけ生き残りおって……! よくものこのこと宮殿に戻って来られたものだな!!」
「……それより、側妻のアーディルに会わねばなりません」
「側妻だと!? 側妻ごときよりまずは重臣たちへの報告と謝罪だろう!」
「ユセフ王子が誰より寵愛なさった側妻に王子の訃報を伝えるのがいけないことですか」
ジャリ、と足音がして振り返ると、礼拝堂の影からストールで顔を隠したアーディルが現れた。付き人の女官が気まずそうに頭を下げる。
「……お顔を見るまで不安で毎日お祈りしていました。……今日も……」
私はエルバンと女官に下がって欲しいと願い出た。エルバンは肩をいからせて去っていく。
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