プロローグ

3/3
197人が本棚に入れています
本棚に追加
/128ページ
 離宮に越したその日の夜、ユセフ王子はさっそくオメガの青年を寝所に招いた。女官たちに支度をさせられた青年は純白の長衣(カフタン)と同色の腰布、ダイヤが散りばめられたネックレスで仕立てられ、いかにも夜の勤めを果たしやすい薄着で現れたが、王子はベッドに誘わず円卓を囲んでソルベを振る舞っただけ。私は付き添いとしてその場で待たされていた。青年が王子と二人きりで怖がらないようにするためだった。 「私は第一王子のユセフだ。お前は今日から私の宮殿で、私の側妻になる」  青年は戸惑いながら答えた。 「恐れながら、僕は一度王様と夜伽を果たし、しかも流産しております。とても相応しくありません」 「だからこそお前に決めたのだ。名はなんという?」 「アーディルと申します」  正直、ユセフ王子がアーディルを側妻にするのは内心快くなかった。  砂漠に囲まれたこの国は、大陸を横断する交易路を結び、各国から多くの商人が往来する貿易の拠点として栄えている豊かな国だ。そんな国と交易路の治安を守っているファリード王家は、何百年にも渡って優秀なアルファの血が流れる世界で最も歴史が深く、誇り高い王族と言われている。ユセフ王子はファリード家の後継ぎとして期待されている王子だ。そんな方にハレムのお荷物だった側妻とは不相応ではないかと。しかし、 「カシム、お前もアーディルを私の分身と思って大事にしてやってくれ。アーディル、この者は私が最も信頼する武官のカシムだ。大きな図体と鋭い目つきが物騒ではあるが、根はとても良い奴だ」  主にそう言われてしまっては、もはや私に口は出せない。アーディルはアメジストのような紫の眼で私を見上げ、少し怯えたような不安げな表情で言った。 「……よろしくお願いします、カシム様」  主の心の安寧のためだ。せめてユセフ王子がこの側妻に飽きるまでは、この二人を支えるしかないと決めた。これが私と彼の、最初の出会いである。
/128ページ

最初のコメントを投稿しよう!