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 商人の男が王子と知らずに声を掛けてきた。 「そこの旦那、さっき仕入れたばかりの布地はどうだい?」 「綺麗だな。上等な絹だ」 「ゾルジアナ産だよ。旦那、男前だから勉強しとくよ!」  ユセフ王子は満更でもなさそうな顔を私に向け、私は商人に乗って「お似合いです」と返した。 「景気はいいか?」 「ユセフ王子が新しく交易路を確保して下さったからね、お偉いさんがたくさん買ってくれるよ。王子ならこれからもどんどん領地を広げて下さるだろうよ。王様とユセフ王子に神のご加護を」  ユセフ王子は店に出ている絹の布地を何枚か選び、「全部くれ」と気前よく購入した。 「アーディルに新しい服を仕立てようと思う」 「素敵です」  すると、先程までにこやかだった王子の横顔にふと影が差した。 「あの子の項には、王様の噛み跡が残っているんだ。王の女だったのだから当然だが、やはり番になれたのに忘れられてしまうというのは可哀想でな」  オメガはアルファと性交時に項を噛まれると番になってしまう。噛み跡は番の証として残り、発情は止まり、一生番を解除されることはないと言われている。確かに気の毒な話だ。だが、それはアーディルに限った話ではなく、側妻なら誰もがあることだ。 「……同情なさっているのですか?」  ユセフ王子はムッとした表情で私を睨み、「そうじゃない」と否定した。 「私はあの子といると癒されるんだ。番になれなくても、発情しなくてもいい。ただあの子が少しでも私といて楽しいと思ってくれたら嬉しい」  私はそれを聞いて安心した。同情で傍に置いているだけだとしたら、そのほうが気の毒なことだと思ったからだ。
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