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プロローグ
私が彼に出会ったのは、主であるユセフ・ファリード王子が二十歳を迎え、地方都市に赴任が決まった日のことだった。
母后様が後宮の居室でユセフ王子のために激励の宴を開いた。宴では地方での成功を祈り、豪華な食事と音楽が振る舞われ、遠い地で心を慰められるようにと何人かの側妻が用意された。側妻たちは皆申し分のないほど美しかったが、ユセフ王子は彼らにまったく興味を示さず、宴の途中で退席してしまった。
ハレムの居室には王とその家族しか入ることが許されておらず、側近である私はハレムのテラスで待機していたので実際の光景を見ていたわけではない。ユセフ王子からの報告を聞いて、機嫌を損ねている母后様の顔が目に浮かんでこちらが肝を冷やしたものだ。
「母上は私に早く子を作らせたいだけだ。私生活まで口を出されたくはない」
ユセフ王子の後に付いてテラスからハレムの出口へ繋がるアーケードを歩いている時だった。
「カシム、あれは誰だろうか」
ユセフ王子がふと足を止めた。視線を追うと、中庭の青々とした芝生の上で舞を舞っている一人の青年がいた。アイボリーのシャツと青いロングベスト。その上から巻いた腰帯のたれ先を靡かせ、ブロンドの三つ編みを揺らしながら蝶のように舞っている。
「ああ……聞いたことがあります。確か二年ほど前にハレムに入ったオメガの者で、たった一度の夜伽で幸運にも懐妊したものの、つい三ヵ月前に流産したのだとか」
オメガとは第一の性である男女とは別に存在する第二の性のことである。この世界では男女ではなく、オメガ、アルファ、ベータという三つの性によって身分や役割が変わる。
ベータはこれといった特徴がない、すべてにおいて平凡な人間のこと。
オメガは男女問わず妊娠出産ができるという特徴があり、生殖に特化した人間だ。成人すると定期的にフェロモンの放出を伴って発情する。発情期は一ヵ月に一度、十日ほどという頻度で、その間は日常生活もままならないほど欲情に苦しむので、社会的地位を望めない。そのかわり妊娠成功率と優秀な子を産む確率が高く、王族や貴族の側妻に選ばれることが多い。中庭の青年も、側妻に相応しいオメガとして、どこからか売られてきたのだろう。
アルファは容姿、頭脳、身体、気品、すべてを兼ね備えた天才型の人間。オメガを妊娠させることができるのはアルファだけ。彼らは非常に優秀なので社会的地位も高く、王族貴族の血統であることが多い。言わずもがな我が国王もユセフ王子もアルファである。
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