手に入らぬ人

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水島先輩は、まだ結香さんの事が忘れられないんだろう 時折遠くを見て溜息を吐く 全部、私のせい 渉くんに似てる先輩がどうしても欲しかった 「まーくん?」 そう呼べば、先輩は優しく微笑んでくれる そっと彼の胸元に頬を寄せ甘えてみせる 「どうした?」 「ちょっと甘えたくなっちゃったの そろそろ時間だよ?」 彼は腕時計で時間を確認すると 「よし」と言い立ち上がった いつもとは違うスーツにネクタイ この辺りでは有名な和菓子屋の菓子折りを携え 車から降りる こんな私の為に… 先輩の人生は大きく変わる 「はぁ。緊張するな」 「来たよー!!」 小さな歩がひょっこり玄関から顔を出して 大きな声で叫んだ 玄関に現れた母を見て先輩は 「水島勝です」  「凪子の母です どうぞお上りください 主人が中におりますから」 主人…… ジワジワと傷が痛む 「さぁ、どうぞどうぞ ほら、歩 ご案内してさしあげて」 歩は嬉しそうに私たちを先導する 「こっちだよー ねぇパパー!お姉ちゃん来たよー」 奥の仏間に渉くんが待っていた 「どうぞ」 「失礼します」 黒檀の机を挟み渉くんと向き合う しばらくすると 母がお茶を出し 渉くんの隣に寄り添うように座った あの夜以来 この家には来ていない 久々に見る渉くんはあの日の渉くんとは違う 「父と、母と弟の歩です。こちらは、お付き合いしてる水島勝さん」 「はじめまして、水島勝です 本日はお時間を頂きありがとうございます」 彼を初めて父と呼んだ これは私なりの決別だ 私は近くにいない方がいい この家族から距離を置かなければ… 「はーーーー 緊張し過ぎておかしくなりそうだったよ」 「まーくん、ありがとう」 「許してもらえて嬉しいよ」 「うん、私も」 「さーて、次はオレの実家だな」 「まーくんのご両親はどんな方?」 「心配しなくても大丈夫だよ 凪子に会いたがってたよ」 スッと私の腹部に手を当てる 掌から温かい彼の体温が伝わってくる 「まーくん?」 「俺たちも親になるんだな」 彼の手に自分の手を重ねる 「うん」 背後から優しく抱きしめられ 私は幸せな気持ちと それとは正反対の 暗く重い言葉にならない気持ちに覆われていた 私の罪はもう一つある
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