オランジュの翼

1/12
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
 抜けるように空が青い。あまりの清々しさに憎たらしくなる程だ。だが、これが空を舞う優雅な侯爵の最期の日だと思うと相応しいような気もする。  執事クレマン・アグリュムの腕の中には気を失った幼子がいた。幼子の背には大きな純白の翼がある。彼こそクレマンの主人であり、たった今、父の跡を継ぎ侯爵となった少年だ。  少年の名はテオドール・オランジュ。白い翼はオランジュ家の正統な後継者である証だ。だが、テオドールは弱い。病弱に生まれ、まだ六歳だというのに何度も死にかけた。精神的にも弱く、今も父の死にショックを受けて気絶してしまった。  誰もがこの少年の未来を危ぶんでいる。性別もなく、病弱な少年がオランジュ家を繋げるとは誰も思っていない。クレマンもその一人だ。だからこそ、先代にはできる限り長生きしてほしかったのだが。  翼を持つ者がなかなか生まれず、先代当主は老いてしまった。やっとテオドールを授かったときには五十を過ぎていた。テオドールが弱く、性別も持たないことを先の当主は気にしていないようだった。 だが、この国においてオランジュ侯爵は欠かすことのできない要だ。その重責をわずか六歳の子供が継げるとは到底思えない。 実務は長兄アデラールが担うとしても無理がある。オランジュ侯爵は王を王たらしめる存在だからだ。翼を持ち、神秘を秘める特別な存在。それがオランジュ侯爵だ。  名目上は侯爵だが、その権力は王を凌ぐ。八百年の昔、どこからともなく現れた翼を持つ者がこの国の王を選んだ。以来国は繁栄し、豊かな時代が訪れた。それがオランジュ家の由来で、王を選ぶ習わしは今も続いている。  オランジュ家は現行の王家を廃止し、新しい王家を選ぶことさえできる。それほど強大な権力がこの幼子のものになった。  テオドールはたった三歳の時に今の皇太子を指名した。確かに神秘は受け継がれているのだと皆はもてはやしたが、クレマンは複雑だった。  近くにいればいるほど見えるテオドールの弱さは不安でしかない。大人になるまで生きられるのだろうか、この弱い子供は。  クレマンは小さな体をベッドに横たえ、服を緩める。どんなことからも守ってやりたいとクレマンは思う。生まれたその日からテオドールは彼の主人なのだから。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!