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この大陸は魔界と人間界に分かれている。
魔界と人間界の境界には「聖なる巫女教会」が設置されて、広大な塀を築き魔術師達が結界を張っているが、人間には老いとともに魔力の限界が来る。
世代交代の際には綻びが出やすく、その日もまた魔物が人間界に押し寄せてきた。
若い魔術師が光の矢を降り注がせ、下級の魔物は木々や地面に磔にされた。それを踏み越え、聖騎士団がマンティコアやオークやリザードマンなど大型の魔物達と火花を散らす。
まさに戦である。しかしそれらは目眩しに過ぎなかった。
戦力の大部分を国境に割いている今、国の中枢の城の警備は手薄になっていた。たくさんの白い塔が連なる城は、雪を纏った山脈のように美しい。
その白の廊下にコツコツとブーツの靴音が響いてた。ドラゴンの革でできたブーツは途方もなく丈夫で火も槍も通さない。黒い陣羽織もその下の黒い装束も光沢のある生地でできており、長い袖や裾を靡かせながら歩く様は黒い川が流れるようであった。
礼拝堂の扉を手も触れず開け放てば、モザイク模様のタイルの床に、可憐な人影が跪いていた。
「お迎えにあがりましたよ、姫君」
地獄の業火を思わせる赤い髪と目をカッと見開き、魔王は嗤った。
月と星の刺繍の入った薄いベールの向こうで小さな人影が動く。魔王は逃げる隙も与えず一瞬にして華奢な身体を抱き上げた。
「待て!」
十代半ばの少年が祭壇から飛び出した。構える剣と鎧には月と星の紋章が刻まれている。足も手元も震えてカタカタと音を立てていた。
魔王は嘆息し、緩慢な動作で手を一振り。少年は衝撃波によって後方に飛ばされ祭壇をひっくり返した。腕の中の人物は、掠れた声で少年の名を呟く。ベールからわずかに覗く緑の目は不安げに揺れて、そして潤んでいた。
魔王は鼻で笑い、窓を破って城から飛び出す。長い装束は空中で羽ばたき黒い翼となった。そのまま魔王と姫君は、魔界に姿を消したのであった。
が、しかし
「男じゃね――か!!!!」
魔王は魔界の城に帰ると、早速姫君を寝室に連れ込んだ。ベールを剥ぐと思いの外素朴な顔立ちをしていたが、高貴な身分だけど純朴そうとかこれはこれでアリだと服を脱がせたところ、下半身からお揃いのモノがパオンとこんにちはしたため思わずツッコミが漏れた次第である。
「いや、抱き上げた時点で分かりません? というか城の警備がガバガバだったのもお気づきでない……?」
姫君に扮していた少年は眉を顰める。
「罠がどうした。無論蹴散らしてくれるわ」
「いや、俺を囮にして王や妃は姫君はとっくに逃げてたって話なんですけど」
「何?! それでは世継ぎはどうなる!」
「え、待って待って。ちょっと最初から説明をお願いします」
聖なる巫女協会の魔術師や修道士たちに数十年ごとに世代交代が必要なように、何百年も生きれば魔王にも衰えが出始め新しい後継者が必要となる。その為姫を攫ってきて孕ませ新しい魔王を産ませるのだ。高貴な身分の人間であれば上に立つ人間に必要な教養があり、跡継ぎの教育も捗る。身代金として生贄や家畜なども巻き上げやすい。
少年はクソですね、と言いかけたが魔族は人の世界の倫理観など持ち合わせていないし理解させるのも骨が折れそうなので、
「クソですね」
と言うだけに留めておいた。
「ならば民を身代わりに置いて逃げる王はなんだ? 卑怯者か?」
魔王はニヤリと口の端をあげる。
「まあそれはそうなのですけどね」
「否定はせんのか」
「俺はむしろその為に育てられたというか。いわゆる神子なんですね」
ほう、と魔王の目が好奇に瞬いた。玩具を前にした子どものような目の光に、少年はうんざりする。
「ほら出た。歴代の神子ってほぼ美人でしたもんね〜〜。要は生贄なのに神様がお喜びになるからとか言って〜〜。俺みたいに平凡な顔立ちな孤児がいいなんて言ってくれるのは」
少年はそこで口を噤んだ。そして緑の目を揺らして「よっぽどの物好きですよね」と黒いシーツに視線を落とした。
「では我輩は物好きのようだな」
「は? ちょっと待って嘘でしょ?」
魔王は少年ににじり寄る。赤い目は情欲にギラつき下半身からは雄の気配がした。
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