魔王と仮初の花嫁

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 「安心しろ。すぐに悦くなる」  魔王の手が薄い腹に置かれた。長い指先についた爪は、軋みながら鉤爪のように鋭くなる。鉛筆の芯のように細く鋭くなった爪は、少しなぞるだけで少年の柔肌を傷付けた。下腹部に血の筋ができ、唐草模様を描くように皮膚が細かく割れていった。痛みと得体の知れないことをされている恐怖に少年は青ざめ叫ぶ。 「喚くな。すぐ終わる」  その言葉通り、皮膚が裂けるのも出血も止まった。薔薇が咲いたような赤い紋章だけが残る。少年は恐る恐るそこに触れた。瞬間、甘く強烈な痺れが身体を貫いた。弾かれるように手を退ける。魔王は逃さなかった。少年の手を紋章に押し付けた。 「ひぁっ……!」  少年の体がのけぞった。再び強い刺激が走る。今度ははっきりと自覚した。これは快感であると。  魔王は少年の手を握り、その手で紋章を撫でさする。 「やっ、やめて……!」 「それは"淫紋"だ。感度をあげ孔を潤ませる。そして雄でも子を孕ませることができるのだ」  ヒュッと少年の喉が鳴る。目には明らかに怯えが広がり、魔王は愉悦に口角が上がった。 「い、いやだ、それだけは……! お前の子なんて産まない!」 「そうか。だがここは準備出来ているようだがな」  尻の窄まりに長い指が侵入する。ぬるりとした体液が肉輪の縁から溢れた。指が動くたび隘路は柔らかくなり、少年の身体はうねった。 「嫌だっ。触るな! 触るなぁ……!」 「ほう。まだ耐えるか。ならばもっと」 「だからっ…………」  少年は歯を食いしばる。手をきつく握りしめ拳を結んだ。 「やめろっつってんでしょうがぁぁぁぁぁぁ!!!!」  見事な右ストレートが淫靡な空気を両断し、魔王をベッドから吹っ飛ばす。完全に油断していたし、まさかのグーパンである。魔王が目を白黒させながら起き上がれば踵で頭を踏みつけられた。 「なんですか淫紋て! 人の体に勝手につけて! ああ魔族に良心とか情けとか期待してませんけども?! だったらこっちも下手に出る必要ありませんよね?!」 「貴様っ……ならばこちらも容赦はせぬぞ!」  黒い装束が翼に変わる。それだけではなく、手足は獣のように硬い体毛に覆われ、螺旋を描く角が米神から生え、赤い目はますます吊り上がり髪は炎のように逆立ち揺らいだ。 「……殺すならさっさと殺してくださいよ」  少年は、魔族の本質を剥き出しにした魔王から目を逸らさず吐き捨てた。魔王の動きが一瞬止まる。 「それに、鼻血出しながら凄んでも説得力ないです」  牙の生えた口がカッと開いた。少年は身構えるが、魔王の口から飛び出したのは高笑いであった。 愉快そうに笑いながら、魔王の姿は縮み、人間の姿に戻っていく。相変わらず鼻血は垂らしたまま。 「ハッハッハッ、殺すのもすぐ堕とすのも惜しいな! どれ貴様、賭けは好きか?」 「やったことがないです」 「ではこうしよう。百年以内に助けが来たらお前の勝ち、助けが来なければ我輩の勝ちだ。我輩の子を産んでもらう」 「随分気が長いですね」 「ああそうか、人間の生は短いのであったな。ならば」 「いえいいです、このままでいきましょう。どれくらいだったかなあ〜確か二百年くらいあったと思いますぅ〜寿命」  少年は棒読みで言いながら目を逸らす。 「ではそれまでお前は我輩の花嫁だ。名はなんと言う」 「先に名乗るのが礼儀……って関係ないか貴方たちには。ユリウスと呼んでください。あと花嫁も嫌です」 「我輩はレイフェルトだ。よろしく"婚約者"殿」  レイフェルトがユリウスの淫紋を撫で上げる。ヒッと小さく声が上がるが、ユリウスの右手がすかさず魔王の頬をビンタするのであった。
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