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蝉が、一斉に鳴き始めた。
百日紅の花が、蒼穹に美しく映えている。また、この季節がやってきた。二言目には「暑い、暑い」とぼやく声を聞く季節が……。
「しっかし、暑いなぁ」
二言目じゃなかった。一言目だった。いきなり愚痴が始まる予感。
「暑いぃ。溶けそう。こんなに暑かったら、帰りに二人で仲良く生ビールで乾杯! するしかないよなぁ。ビール、ビールぅ……じゃないと仕事のやる気が底辺まで下がってくー。なぁ、お前もそう思うだろ?」
「何を言ってるんです。あなたのやる気が最底辺なのは通常運転でしょう? 不真面目と現実逃避の言い訳に猛暑を利用するのはやめてください」
「酷い。光成、酷い。俺は今、『やる気が底辺』って言ったんだ。なのに『やる気が最底辺』って、しれっと言い換えた。酷いっ」
「おや、気づきましたか」
「普通に気づくわ。先輩、舐めんな」
口をへの字に曲げた先輩が、不満顔を向けてくる。職場の先輩、源建は表情が本当に豊かだ。僕と違って。
「舐めてなど、いませんよ。確かに、最近の激務のせいで、先輩がぼやきたくなる気持ちもわかりますから。ただし、職務中にビール、ビールと連呼するのはよろしくありません。僕は建先輩を尊敬しているので、そんな姿を見ると少し悲しいです」
「えっ、尊敬してくれてたのかっ? そうか。じゃあ、ビール飲みたい欲は仕事が終わるまで封印しとく。何せ俺は、藤原光成に尊敬されてる大先輩! だからなっ」
そして、チョロい。僕なら、こんなに簡単に言いくるめられることはない。
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