第一章

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「では、大先輩。先に歩いてください。僕は数歩だけ遅れて付いていきます」 「そうだな。やっと対象が動いてくれた。今日こそ成果を上げて、旨いビールを飲むぜ」  ふふっ。結局、ビールって言ってる。全く、この人は……。  しかし、先程までの緩みきった様子から一変した凛々しい様相の先輩に、僕は突っ込みを入れることはしない。だらけた内容の会話は、僕らの業務が本格開始されるまでの暇つぶしのようなものだからだ。  まさか、大人にもなってこんな失敗を? と開いた口が塞がらなくなるようなヘマを時折やらかす建先輩だが、典型的な、やれば出来る子。いざという時には頼りになるのだ。  そして、ドジを踏んだ時と頼れる時とのギャップにうっかりヤラレてしまった僕は、もうずっと建先輩に片想いしている。実ることはない片恋を抱える日々は結構つらいもので……。 「光成、気づいているか?」  いけない。僕としたことが、仕事中に恋愛脳になってた。修正せねば! 「はい、今日の対象はいつもよりも歩くスピードが速いですね」 「あぁ、今日は〝当たり〟かもしれん。気を引き締めてかかれよ、光成」 「はい」  尾行している対象の様子に、二人ともが違和感を感じている。先輩の言う通り、今日こそ〝当たり〟かもしれない。  バディを組んでいる建と捜査を始めて、今日で六十三日め。やっと、という気持ちだ。  警察庁、警備局警備企画課に所属する僕らの現在の仕事は、大手精密機械メーカーの産業スパイ捜査。  警備企画課では、テロや暴力革命による政府の転覆や、国家への影響力工作等を未然に防いだり、そのための情報収集もしているが、建先輩と僕は〝ある理由〟で、こちらを主に担当している。
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