第一章

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「あつまさくん。では、拉致されて以降、今、目覚めるまでの間にここで他の誰かの姿を見ていませんか? 見ていなくても、声を聞いただけでもいいんです。この地下室で得た情報がもしもあれば、それを教えてほしい」 「情報、ですか? さっきも言ったけど、俺、女の人に声かけられてすぐに意識失ったからなぁ……あ、ちょっと待って。えーと、たぶんだけど、目の前が真っ暗になった後に変な匂いを嗅いだような……」 「匂い? どんな?」 「漢方薬、かな? なんか、そんな感じの独特な匂いでした。あとは……男の声を聞きました」 「男っ? なんて言ってた?」  僕たちが追っていた男だろうか。 「えーと、確か……踊り?」 「踊り?」 「そう聞こえました。『これで、踊りも稽古も完璧』って。その後はずっと眠らされてたみたいなんで、何も知らないです」 「踊りに稽古、か。人を攫っておいて言う台詞じゃないな。どう思う? 光成」 「現状では何とも言えないです。それより、手配していた車が到着したようですよ。まずは、あつまさくんを病院に連れていきましょう」 「おぉ、そうだな。あつまさくん、念のために検査してもらおうな。誘拐時に薬を盛られたのは確実と思えるし」  少年と建先輩の後ろをついて歩きながら、少年が口にした内容について考えを巡らす。  彼の証言はおかしい。誘拐犯が言ったという言葉が。『これで、踊りも稽古も完璧』とは、どういう意味だ? この場合、踊りも稽古も、ではなく、踊りの稽古は、と言うべきでは?  そもそも、先輩が指摘した通り、人を攫った直後に言う台詞じゃない。
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