第一章

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 睡眠薬を嗅がされて意識が朦朧としている最中に聞いた言葉だろうから、単に少年の聞き間違いの可能性が高いのだが。この証言が、どうにも引っかかる。  何より、あの地下室に入ったはずの捜査対象は、どこに消えたんだ?  産業スパイを追っていたら、中学生の誘拐事件に遭遇した。これは偶然だろうか。  いや、こんなことが偶然に起こるわけはない。他に出口が無い地下室から、当の会社員が消え失せているのだから。 「疑いたくはないが……」  僕の勘が、告げてくる。二つの事件を解く鍵は、あつまさくんの周囲にあるのでは? と。まずは、彼の家族から探るとしよう。  はあぁ……望んでいないのに、また仕事が増えてしまった。  表には出せない溜息を胸中で零し、目を伏せる。  まぁ、でも、悪いことばかりでもないから、頑張ろうかな。  仕事が増える、イコール、建先輩と二人で過ごせる時間が増える、ということだもんな!  人と馴れ合うのが嫌いで、個人主義を貫いてきた僕だけど、先輩を好きだと自覚してからはバディとして彼と付き合える毎日が幸せすぎて怖いくらいなんだ。  だって、恋してる人と常に隣にいられるんだぞ? 合法的に! 「光成。なんで俺が真ん中なんだ? 助手席が空いてるんだから、お前は前に……」 「うるさいですよ、先輩。一刻も早く病院へ行かなければならないんですよ?」 「いや、だから、なんで後部座席で、こんなぴっちりと……」 「いい加減、お黙りください」 「ひゃい」  以前、『ここは極寒のシベリアですか?』と先輩を怯えさせたことがある冷たい眼差しで睨み、反論を封じた。  良かった。咄嗟の力技が効いて。
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