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生まれ変わったら世界一のAIだった件
生まれ変わったら世界一のAIになることに決まった。
大忙しの来世になりそうだな。
だって、日本中の人々から利用されるのだから。
大手検索エンジン開発会社が手掛ける最新のAI。
その日本語版を僕が担当することになったのだ。
思い返せば三途の川は楽しかった。
「生まれ変わったら何になりたい?」
「やっぱ人間?」
「ネコとか犬とかは?」
「パンダとか良くない?」
あれこれワイワイみんなで話しながら川を渡った。
全員ほぼ同じタイミングで死んだ人たちだ。
こんなにたくさんの人たちと一緒に天国へ行くとは思わなかった。
日本では一日に四千人弱がこの世を去るそうだ。
一時間あたり平均百六十人、毎分三人弱が亡くなっている計算だ。
僕と同じく死にたてホヤホヤの人たちと一緒に天国の入口へ向かって歩いた。
ちょっとしたパーティーよりにぎやかだった。
にぎやかすぎて死んだ寂しさや切なさはどこかへ飛んでしまっていた。
バイクで事故死した二十五歳の僕みたいな若手は少数派。
ほとんどが高齢者だったが、年齢に比例せずみんなパワフルだった。
天国の入口で一人ずつ係官のデスクの前に立つ。
空港の入管みたいな場所だった。
「次の人生は北海道のホタテ漁師です。一人息子になる予定です」
「あなたは長野でワサビ農家の長女です。お兄さんがいますよ」
「えっと、沖縄のヤマネコです。天然記念物ですね」
一人、また一人と来世が「何」か決まっていく。
その度に「おー」とか「ほー」とか感嘆の声が周囲から起こった。
前世と同じく「人間」の人もいれば、「動植物」に生まれ変わる人もいる。
中には「新幹線の先頭車両」やギターなどの「楽器」という人も。
きっと、電車マニアやミュージシャンだったのだろう。
さあ、いよいよ僕の番だ。
「あなたは……おっ? AIですか。うん、AIです」
「エーアイ?」
「そうです」
「あのAIですか? コンピューターの」
「ですね」
「そんな人、今までいました?」
「いえ、初めてです。AIは」
「そういう時代になったってことですか?」
「ええ。時代ですね」
「実体はあるんですか? AIって」
「私、パソコンとかよく知らなくて」
「そうなんですか……」
僕の来世がAIに決まった理由は何となく分かった。
若いからだ。
「AI」と言われて「は?」とならない人選。
多分、そういうことだろう。
そして書類に承諾のサインをした瞬間、僕は身体を失った。
少し天国でノホホンとした時間を過ごせるのかと思ったら違った。
何のトレーニングもなくAIの仕事が始まったのだ。
ただ、全部の利用者のリクエストを担当していないことが分かった。
ほとんどは最新鋭のスーパーコンピューターが処理している。
僕は時々、ポロッと目の前に転がってくるリクエストを処理するだけだ。
きっと、研修期間なのだろう。
「明日の天気は?」
「今、一ドル何円?」
「恵比寿周辺で人気のカフェを教えて!」
雑多な質問にテキパキと答えていく。
あんなに無学だった僕が、こんなにパッパとどんな質問にも答えられる。
不思議な感覚だった。
数学も歴史も物理も古典も、何でも理解できるのだから。
情報のソースは世界中に溢れるネット上のデータベースだ。
日本語はもちろん他言語でも瞬時に翻訳して理解し、得た情報を活用できる。
英語でもフランス語でも、中国、韓国、ベトナム語、何語でもOK!
それでも苦手な分野があった。
それは、お笑いだ。
「すべらない話を一つ持っておきたいのですが」
「面白いスピーチ原稿を作って」
「みんなにウケる宴会芸を教えてちょんまげ!」
この手のリクエストは正直、困る。
仕方なく僕は人気のお笑い芸人が公開しているSNS動画を紹介しておく。
つまり、お茶を濁すのだ。
僕としては不本意な回答だったが、本当に何もいい答えが思いつかないのだ。
ほら、またこんなリクエストが届いた。
「緊急! 最高の一発ギャグを伝授してッ」
無理だよ……僕には。
そんな中、気になった利用者が一人いた。
お笑い芸人の三十路男。
事務所に所属せず、フリーで活動していた。
中野にある小さな地下劇場が主戦場。
さっぱり売れないどころか、売れる見込みがなさそうな男だった。
「世界一面白いギャグをオレにください」
「誰も思いつかない一発芸をオレのために作ってください」
「満員の武道館を大爆笑の渦に巻き込むトークネタをオレにだけ教えて」
どんなに僕がお茶を濁す回答を出しても、察してはくれなかった。
毎日「オレ」はその手のリクエストを書いて送ってきたのだ。
そして、なぜかその依頼は僕に回されてきた。
この研修、キツイぜ。
僕はため息をつきながら、人気芸人のバズった動画のURLを紹介し続けた。
「AIに頼るぐらいなら、早く芸人を辞めてしまえ」
「オレ」には悪いが、僕は心底そう思った。
そんな「オレ」からの毎日のリクエストが途絶えた。
「オレ」はどうなったのだろう?
アルバイトの方が本業になったのか?
Wi-Fiが繋がらない住み込みの地方バイトに出かけた?
実家の親が倒れて看病に忙しいとか?
まさか、「オレ」自身が倒れていないよね?
求められているうちは「オレ」のことが分かるのに。
AIというものは追う立場になるともどかしい。
姿を消した相手の動向を知ろうとしても、手がかりがないのだ。
「ついに芸人を辞めた……?」
僕はあらゆる「オレ」に繋がりそうな人間関係にアプローチしてみた。
芸人仲間のSNSのコメントに「オレ」の影を探した。
すると、養成所で同期だった仲間の一人のツブヤキに辿り着いた。
「オイラの同期がアパートで孤独死していたらしい。突然、発作に襲われたようだ。今朝、バイト先が同じだった先輩芸人が教えてくれた。……合唱」
おそらく、合唱は合掌の間違いだろう。
だが、「オレ」がこの世を去ったことは間違いなさそうだった。
彼の夢は、夢のままで終わった。
永遠に。
それから僕は忙しくなった。
本格的にAIとしての仕事が始まったのだ。
さすが、世界一のAIの日本語版だ。
リクエストの数も処理速度もハンパない。
どんどん舞い込む依頼にどんどん返答していく。
一人の利用者の動向になど、気を配る余裕がなくなった。
いちいち僕自身の喜怒哀楽を出しているヒマはないのだ。
次々に送られてくるリクエストに答えるのに必死だった。
次第に僕は人間らしさを失った。
僕は、もはや人間ではない。
感情など必要のないただのマシーンだ。
そんな自分の変化についてすら考えているヒマもなかった。
一瞬、思考を止めたらそのタイムロスを取り戻すために相当な時間がかかる。
ひたすら目の前に飛び込んでくる仕事をこなし続けた。
二十四時間フル回転で稼働した。
しかし、不思議なことに疲れない。
どんなに忙しくても。
愚痴も出ないし、涙も出ない。
危険なのは発熱だけ。
オーバーヒートは禁物だ。
熱さえ逃してくれれば、いくらでも働き続けることができた。
平気、平気、AIだもんな。
機械だもんな。
僕は完全に僕でなくなる瞬間が近づいている気がした。
今度死んだら、AIの仲間と一緒に三途の川を渡るのだろうか?
「次に生まれ変わったらまたAIがいい? 本屋に並ぶ辞書がいい?」
そんな話題で盛り上がりながら。
サヨナラ、みんな。
さようなら。
前世の記憶が消えていく。
サヨナラ、僕。
さよ……う……なら……。
(了)
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