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プロローグ
多摩川にかかる大橋の上。夕日が落ちたばかりの夜景を私は呆然と眺めていた。
鉄道橋を走り抜ける小田急線が機械の蛇のように新宿へと這って行く。
遠くには都会の高いモールビルが立ち並び、世界は夜を拒絶する様に曖昧な夜景を作り出している。
冷たい乾燥した風が、スカートと長い髪の毛を巻き上げながら、夜の向こうに引っ張っていく。幽玄な三日月の月明かりが眼下の多摩川の緩やかな流れをキラキラと照らしていて、遥か遠くまで伸びるそれはまるで光の道のように伸びていた。
「きれい…」
思わず、嘆息が漏れる。そして、橋の欄干に手をかけた。
ローファーと丸みを帯びた金属の欄干は相性が悪い。
風が吹き付ける。
けれど、それもまたスリルがあって楽しい。少しでも気を抜くと、滑り落ちてしまいそうだ。
まあ、気を張る必要もないんだけれど。
両手を広げてバランスを取る。一歩、二歩と歩くたび、遥か月明かりで輝く多摩川の水面と、目の前の無機質なコンクリートの地面が揺れる。
まるで退屈な生死を分けるゲームだ。どちらに転んでも、別にどっちでもいい。平均台のように欄干を数歩歩いて気づいた。
「って私、結構運動神経あるんじゃね?」
だったら、と息を吸う。肺に冬の冷たい空気が満ちて心地いい。
目を瞑って歩いてみようと思った。
もしも、地面に落ちた場合は明日、この場所にもう一度来ようと思った。そしてこのゲームをもう一度すれば良い。
暗い視界の中、耳元を甲高い風の音が通りすぎて、巻き上げられた後ろ髪が顔に散らばる。ローファーが欄干を踏み外した。その時だった。
「んにゃーん」
え?猫?確かに、猫の鳴き声がした。風の音じゃない。
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