(五・二)関内駅

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(五・二)関内駅

 サッポロ軒を出るとそのままマリナード地下街を抜け、エスカレータを昇って地下から地上に出た。関内駅の目の前だった。木枯らしに吹かれ、全身が震えた。折角ラーメンで暖まった体が一気に冷えた。これから、どうしよう。駅の改札の中の時計を覗き見て、時刻を確かめた。  既に二十時を過ぎていた。  巷は、横浜の街は完全に、すっかりもう夜の中に沈んでいた。その中で、わたしは本当に孤独だった。完全にひとり、完全なひとりぼっち……。行く宛てもなければ、頼れる人もいなかった。この身以外何ひとつ持たない、哀れな流浪者……。さあ、海へ行こう。愚痴るのを止め、既に疲れ果てた重い体と足を引き摺って、わたしはようやく歩き出した。凍える真冬の夜の中を、夜の闇の中へ。  見上げるとさっきまで晴れていた空は、どんよりと今は曇っていた。お月様も雲に隠れて見えなかった。灰色の空が陰鬱な気分にさせた。海、港は、もっと寒いに違いない。身震いを覚えた。と共に海に行くことに、躊躇いを覚えた。どうしよう。迷いながらもわたしは、京浜東北・根岸線の高架線路の下に沿って歩き続けた。関内駅のベイサイドは、さっきまでの反対側とは街の様子が全く違っていた。横浜スタジアムが聳え立ち、官公庁の建物が並んでいた。季節柄野球などやっている筈もなく、球場の照明は消え、辺りは薄暗かった。  はっとしてわたしは、足を止めた。高架線路下の通りにダンボールが並んでいたのだ。あゝ、こんな所にも。しかも恐らくここの寒さは、さっきの地下道より更に厳しいだろうに……。それでもわたしに出来ることなど、何もなかった。わたしだって、今のわたしは同じようなものなのだから。  そしてわたしは歩き出した。それ以外出来ることはなかった。ところが直ぐにわたしはまた、立ち止まった。またもや見覚えのあるものがあったから。公衆電話ボックス。それがやっぱり三つ並んでいた。全部空いていた。ボックスの小さな灯りだけが、夜の闇を照らすように弱々しく点っていた。  わたしはもう一度、その中のひとつに入ってみようかと迷った。迷いながら、ふと気付いた。夜にも関わらずここら辺はさっきから人通りが多く、一向に絶えそうにない。どうして。けれど直ぐに思い当たった。なぜならこの先には山下公園や大桟橋など、横浜のデートスポットが幾つもあるのだから。そして今夜はクリスマスイヴだ。あゝ本当にしまったと、ますます海に行く気がしなくなった。選りに選ってこんな夜に、横浜の海に行こうなんて考えるとは……。  しかし今更後悔した所で仕方がない。兎に角今この時間に行くのは、まだ早過ぎる。きっと何処もカップルで溢れているだろう。そんな場所にのこのこ行くなんて、間抜け過ぎる。何処かで、もう少し時間を潰さなければならない。ではこの公衆電話の中で、とも思ったが、その望みは直ぐに絶たれた。若い女性が電話ボックスのひとつに入って、大声で電話を始めてしまったのだ。こんな状態では、とても落ち着かない。わたしはため息を零しながら、また歩き出した。
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