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(六・一)コンビニ、教会
時間を潰すため、結局わたしはまた回り道をすることにした。京浜東北・根岸線の高架下をくぐって、ベイサイドからまた反対方向へと出た。それからはただ宛てもなく、目の前に続く夜の道を、ただ本当にひたすら歩くだけだった。一体何処へ行くのか、いつまで歩き続けるつもりなのか、自分でもどうして良いのか分からない。地理的には恐らく、JRの関内駅から石川町駅の方角へ向かっているのだけは確かだった。
薄暗く人影の少ない通りに、信号だけが眩しく点っていた。信号を待っては渡り、また信号で足を止め、また次の信号をと繰り返しているうちに、コンビニの看板が見えた。その前で足を止めた。店に入るつもりなどなく、店の前に立つアルバイトの女の子に目が留まったからだった。サンタクロース姿でクリスマスケーキを売っていた。寒そうに震え、膝小僧にぶつぶつ鳥肌が立っているのが分かった。
「クリスマスケーキ、如何がですか」
サンタクロースの女の子は、わたしにもにこっと愛想良く声を掛けてくれた。商売でそうしているのは分かっていたけれど、それでも嬉しかった。ひとつ買って上げたいと、衝動的に思った。けれど買った所で、食べられない。この寒空の下でケーキを頬張るには、わたしの体はもう余りにも冷え切っていた。丁寧に断ろうとしたが、なぜかその時母の顔が脳裏に浮かんだ。そのまま断り切れずに、買ってしまった。チョコとミルククリームと二種類あったが、白いミルククリームの方を選んだ。
「ありがとうございます」
彼女の笑顔が眩しかった。
「はい、頑張って下さい」
わたしはそんな言葉しか、返せなかった。箱に入ったケーキを入れたコンビニの袋を手に提げ、わたしはとぼとぼと歩き出した。
どうして買ってしまったのだろう。きっと咄嗟に、母のために買おうと思ったのだ。もう死んでいるのに、死んだということも忘れて……。どうしよう、捨てる訳にもいかないし。クリスマスケーキを持て余しながら、わたしは夜の街を歩き続けた。すると今度は教会らしき建物があった。キリスト教の教会。クリスマスイヴだからなのか、ステンドグラスの窓に灯りが点っていた。わたしは足を止めて、しばし見惚れた。見上げると屋根には、十字架が立っていた。
十字架。どきっとした。動揺したわたしの白いため息は、夜気の中に昇り消えていった。じっと見上げていた十字架から視線を下ろすと、門の壁にある掲示板を見付けた。
『どなたでも御自由にお入り下さい。神の祝福が貴方をお迎え致します』
どなたでも……。ごくん。わたしは生唾を飲み込んだ。わたしでも、良いのだろうか。一瞬戸惑い、入ってみたい欲求に駆られた。けれど直ぐに諦めた。再び屋根の上の十字架を見上げずにはいられなかった。なぜなら、なぜならわたしが背負うそれは、余りにも重過ぎたから。
それに突如扉が開いて、中から人が現れた。じっとわたしが門の前に突っ立っていたからなのか、その人影はわたしの方へ向かって来た。慌てたわたしは逃げるように、さっさとその場から立ち去らざるを得なかった。
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