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乗り込んだ課長の車は、黒のスタイリッシュな外見なのに、車内はさり気なく猫のマスコットなどが置いてある。
ティッシュケースも可愛い。
それがなんとなく課長っぽくて、バレないようにこっそり微笑んだ。
「途中で昼飯も食おう。そんで帰りはスーパーに寄って」
運転中の課長はすこぶる機嫌が良い。
あんまりにも楽しそうに笑ってくれるから、なんだか私まで朗らかな気分になってくる。
「星山、一つ約束してほしいことがある」
突然の真面目な声色に、思わず姿勢を正した。
約束ってなんだろう。
書斎には入らないで、とか、トイレの便座は閉めて、とか?
「うちで生活している時は、一切遠慮はしないでほしい」
「課長!?」
思ってもみなかった言葉に目を見開く。
なんという、優しい約束。
「うちで暮らす以上、俺達は家族だ。思うことがあったら遠慮せず言ってほしいし、気兼ねなく過ごしてほしい」
「ありがとう……ございます」
こんなによくしてもらっていいんだろうか。
逆に恐縮してしまうほどだ。
「だったら課長も、気になることがあったら言ってくださいね。できるだけ迷惑かけないように、気をつけますから」
居候するからには、掃除洗濯炊事、その他雑用など、なんでもやるつもりだ。
「……傍にいてくれるだけでいいよ」
赤信号で停車した時、ふわりと優しい眼差しで私を見つめる課長。
甘い言葉も相まって、思わず目を奪われ心臓が高鳴った。
こんなふうに異性に対してドキッとするのは、生まれて初めての経験で戸惑う。
「……でも、そうだな。強いて言うなら」
また車を発進させ、課長は言った。
「光花って呼んでいいか?」
私の名前、覚えていてくれたんだ。
「その方が家族っぽいだろ?」
父以外の男の人に、下の名前を呼ばれるのも初めて。
「はい……」
不思議と違和感はない。むしろ、何故かちょっと嬉しいような。
「俺の名前は、新。新しいと書いて」
「……新……さん」
「…………最高か」
「……なんですか?」
「いや、……なんでも」
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