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「この資料には説得力が全くないな。他社との比較は? うちの強みはどこ? ……これじゃあちょっと」
今日も今日とて、香月課長の冷ややかな叱責が響く。
「やり直して」
課長に資料を突き返され、ショボンと肩を落とす男性社員を尻目に、私も自分のPCに向き合う。
今日はあじさい屋珈琲さんに、業務用食品を提案する日だ。
気合いを入れて契約までこぎ着けないと。
____「香月、いる?」
凛とした少し低めの女性の声に、思わず顔を上げる。
マーケティング部の課長、朝比奈由加さんだ。
「新商品の戦略会議、急遽これからになったって。行ける?」
「ああ。わかった」
少しくだけた言葉遣いで話し合う二人。
こうやって香月課長と対等に話せる女性は、この会社では朝比奈さんだけだと思う。
「なんだ、寝不足? クマできてるよ」
「気にするな。大丈夫だ」
課長の顔を覗き込む朝比奈さん。
額を出したボブヘアがよく似合っている、クールな美女だ。
二人は偶然にも同じ大学の同級生で、更に会社の同期。
あまりにも距離が近いから、交際しているのでは?という噂もある。
……もしかしたら、朝比奈さんも本当の課長を知ってるんだろうか?
そう思うと、胸がチクリとするのにびっくりして、小さく頭を振り外回りの支度を始める。
「あ、あじさい屋珈琲さん行ってきます」
チラリと課長を一瞥すると、彼もまた私を見た。
「ああ。しっかりな」
冷徹バージョンの課長に、少しだけ寂しさを覚えるのも何故だろう。
課長の家にお世話になって数日。
少しずつ、私の心に変化が芽生え始めていた。
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