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マンションへ帰ると、リビングには既に灯りがついている。
「……新さん?」
もう帰っていたんだ。
「おかえり! 光花」
リビングに足を踏み入れた瞬間、キッチンに立つ新さんの満面の笑みに卒倒しそうになった。
まだ慣れない。
職場とは真逆の彼にも、可愛らしい部屋にも。
「た、ただいま……」
だけど正直言って、「おかえり」「ただいま」のやり取りができるのも、帰宅した時に部屋が明るいことにも幸せを感じてしまう。
「新さん、もう帰ってたんですね。ごめんなさい、また夕飯の支度をさせてしまって……」
居候のくせに、ほとんどこの家の役に立っていない私。
掃除や洗濯は率先してやってはいるけど、炊事だけは新さんの方が得意だから、どうしても甘えてしまって。
「もうできるから座ってろ」
甘辛い醤油の匂いが鼻腔をくすぐる。
新さんがテーブルに置いてくれたのは、湯気を立てた肉じゃがだった。
「美味しそう……」
誰かが作ってくれたご飯を食べられるのも心底嬉しい。
向かい合って食事をするのも、大皿の料理をシェアするのも。
ここで暮らせば暮らすほど、心が潤っていくような実感がある。
「今日は会議が順調に終わって早く帰宅できたから、手が込んだものを作れた」
嬉しそうに微笑む新さん。
彼の優しい笑顔が、何よりも最高の癒しだったりして。
「……ありがとうございます。課長の方が忙しいのに、甘えてしまって」
まじまじと彼を見つめると、今日朝比奈さんが言っていたように、目の下には隈がある。
顔つきもどこか疲労感が滲み出ているようだ。
「お疲れなんじゃないですか? ちゃんと眠れてますか? ベッドとっちゃったから」
やっぱり書斎では落ち着かないのかもしれない。
ただでさえ、居候がいたら気疲れしそうなのに。
「ごめんなさい。私のせいで……」
やっぱり早く、ここを出て行った方が良さそう。
途端に寂しさを感じて、胸が痛む。
「……謝る必要なんてない。言っただろ。これは俺の願いだって」
「でも……」
明らかに、新さんの負担になってるし。
「光花が美味いと言って食べてくれると、料理しがいがある。それに、眠れないのは煩悩と戦ってるせいだから気にしないでくれ」
「……煩悩?」
「……なんでもない」
新さんは咳払いをして、ご飯をよそい始める。
……私は狡い。
負担になっていることはわかっているのに、彼の気持ちに甘えて、もう少しだけこの温もりに浸っていたいなんて。
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