私の心を照らすのは

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 午前中は、トイレや浴室などの普段手が行き届かない部分を重点的に掃除して、洗濯して。  観葉植物の水やりや、新さんのシャツのアイロンなんかもかけちゃったりして。  一人暮らしではここまで絶対にやらないだろうな、と思うことがすんなりできてしまうのに驚いた。  きっと、新さんに喜んでもらいたいからだ。 「……奥さん……」  さっき彼が呟いていたワードを反芻して、顔が熱くなる。  何考えてるんだろう。  あんなに恋愛には消極的だったくせに。  ……新さんとの暮らしが心地良すぎるせいだ。  彼の笑顔を思い出すだけで、いつだって心にじわりと優しいものが溢れてくる。 「何作ろう……」  思わず検索してしまうのは、“男の人が喜ぶレシピ”。  浮かび上がったたくさんの画像の中から、ボリュームたっぷりのハンバーグに目が止まる。  新さん、可愛いものが好きだし、お肉も好きだと言っていた。  これなら喜んでくれそう。  早速冷蔵庫から合い挽き肉を取り出した。  レシピを見ながら玉ねぎを微塵切りにして炒め、挽き肉と共にこねてタネを作る。 「なかなかいいんでない?」  少し無骨ながら、それなりの形状に成形できた頃、スマホに着信があることに気づいた。  もしかして新さん?  いやいや、終業までにはまだ時間があるし。  一旦、作業を止めてスマホを手にした瞬間、画面に映った名前を見て固まった。 「……お母さん……?」  母から電話があるなんて珍しい。  一年ほど前、母に新しい恋人ができた頃から疎遠になっていたのに。  まさか、何かあったんじゃ。  嫌な予感がしながら、恐る恐る発信ボタンを押す。  呼び出し音が五回鳴った後、懐かしい声が耳に響いた。 「もしもし? 光花?」  変わらない、鷹揚な声に少しホッとする。 「お母さん、久しぶり」  会話をするのは久しぶりすぎて、どうしてもぎこちなくなってしまう。 「久しぶりね。元気?」 「元気だよ。お母さんは?」 「相変わらず。全然電話くれないから心配したわよ」 「……ごめん」  本当に?と思ってしまった。  正直言って、母は恋人に夢中で私なんて眼中になかったんじゃないか。  短期間で次々と交際相手が変わる母。  その相手と顔を合わせるのが億劫で、高校卒業と共に家を出て以来、母と会うことも数える程だった。  一緒に住んでいる時ですら、顔を合わせることも少なかったくらいだし。  
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