何、願ってくれちゃってるんですか

4/9

3357人が本棚に入れています
本棚に追加
/82ページ
 課長の部屋から出て行くと、そこは高級そうなマンション。  パニックであまり内装は見渡せなかったけど、間違いなくラグジュアリー。  自分の住んでいるアパートとの違いに慄きながら、何故か成り行きで課長と共にエレベーターで1階へ向かう。 「星山、車で送るよ」  ホクホクとした表情で車のキーを手にしている課長は、鬼軍曹とは別人だ。  どう接していいかわからず、気まずさを覚える。 「だ、大丈夫ですから」  さっき告白されたばかりだ。  どんな顔で課長と話せばいいの。  エントランスを出た瞬間、見慣れた風景に困惑する。  ここ、家からもそう遠くない場所だ。  家から駅までの道のりにある、この辺では一番の高層マンションだ。  歩いても10分ほどで行ける距離。 「課長、歩いて帰れます」 「そうか」 「………………」 「近所だったんだな」 「そうですね」 「じゃあスーパーは“マイボックス”か?」 「そうですそうです」 「あそこ安いよな」 「ですよね! 有村フーズの食品も品揃え良くて」 「なんだ星山、普段の買い物でもうちの商品チェックしてるのか」 「だって大ファンですから!」 「素晴らしい。社員の鑑だな」 「ありがとうございます!」 「………………」 「………………」  二人で顔を見合わせて微笑む途中で思い出した。 「…………っだからついてこなくていいですから!」 「気にしないでくれ。歩くのは嫌いじゃない」 「そういうことじゃなくて」  だめだ。課長、話通じないタイプだ。   はぁ、とため息をついて、これからどうやって課長をまくかを真面目に考える。  そして今後の対応についても。  会社で途轍もなく気まずいじゃないか。  さっきの告白は冗談であってほしいと、今はなき流れ星に願った。 「星山は、いつも熱心だよな。俺にどんなに強く叱責されてもめげず、明るく朗らかで」 「課長……」  それは少なからず、課長のことを信頼しているから。 「取引先からも評価が高い。星山のネガティブな部分は見たことがないと。いつも前向きで、それでいて客観的に全体を見渡せる」  びっくりした。  まさか課長がそんなふうに私を見てくれていたなんて。 「星山は営業部のムードメーカーだ。いつも感謝してる」 「そんな……」  素直に嬉しい。  今までの努力が、毎日のひとつひとつのアクションが、全て報われた気がして。 「……お前の溌剌とした笑顔は、うちの部署の潤滑油だと思う。あと…………俺の癒し」 「………………」  再び恍惚とした表情になる課長にゾッとする。 「その笑顔で何杯でも飯がいける。徹夜もできる」  ……マジで流れ星さん噓だと言ってください。  
/82ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3357人が本棚に入れています
本棚に追加