何、願ってくれちゃってるんですか

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 課長の部屋から出て行くと、そこは高級そうなマンション。  パニックであまり内装は見渡せなかったけど、間違いなくラグジュアリー。  自分の住んでいるアパートとの違いに慄きながら、何故か成り行きで課長と共にエレベーターで1階へ向かう。 「星山、車で送るよ」  ホクホクとした表情で車のキーを手にしている課長は、鬼軍曹とは別人だ。  どう接していいかわからず、気まずさを覚える。 「だ、大丈夫ですから」  さっき告白されたばかりだ。  どんな顔で課長と話せばいいの。  エントランスを出た瞬間、見慣れた風景に困惑する。  ここ、家からもそう遠くない場所だ。  家から駅までの道のりにある、この辺では一番の高層マンションだ。  歩いても10分ほどで行ける距離。 「課長、歩いて帰れます」 「そうか」 「………………」 「近所だったんだな」 「そうですね」 「じゃあスーパーは“マイボックス”か?」 「そうですそうです」 「あそこ安いよな」 「ですよね! 有村フーズの食品も品揃え良くて」 「なんだ星山、普段の買い物でもうちの商品チェックしてるのか」 「だって大ファンですから!」 「素晴らしい。社員の鑑だな」 「ありがとうございます!」 「………………」 「………………」  二人で顔を見合わせて微笑む途中で思い出した。 「…………っだからついてこなくていいですから!」 「気にしないでくれ。歩くのは嫌いじゃない」 「そういうことじゃなくて」  だめだ。課長、話通じないタイプだ。   はぁ、とため息をついて、これからどうやって課長をまくかを真面目に考える。  そして今後の対応についても。  会社で途轍もなく気まずいじゃないか。  さっきの告白は冗談であってほしいと、今はなき流れ星に願った。 「星山は、いつも熱心だよな。俺にどんなに強く叱責されてもめげず、明るく朗らかで」 「課長……」  それは少なからず、課長のことを信頼しているから。 「取引先からも評価が高い。星山のネガティブな部分は見たことがないと。いつも前向きで、それでいて客観的に全体を見渡せる」  びっくりした。  まさか課長がそんなふうに私を見てくれていたなんて。 「星山は営業部のムードメーカーだ。いつも感謝してる」 「そんな……」  素直に嬉しい。  今までの努力が、毎日のひとつひとつのアクションが、全て報われた気がして。 「……お前の溌剌とした笑顔は、うちの部署の潤滑油だと思う。あと…………俺の癒し」 「………………」  再び恍惚とした表情になる課長にゾッとする。 「その笑顔で何杯でも飯がいける。徹夜もできる」  ……マジで流れ星さん噓だと言ってください。  
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