0人が本棚に入れています
本棚に追加
“チャラララン♪チャンチャンチャラララ…”
午後五時。いつもと同じように防災無線から、音楽が流れて来た。毎回そうだ。この音楽が流れれば、私達の秘密のデートは終わりを迎える。貴方は帰らなければならないないから…。
私達は、いつものベンチで、黙ってその音楽を聴き終えた。そして、いつもの様に貴方が、口を開く…。
「五時か…」
「うん…」
「じゃあ、オレ、そろそろ帰るわ。あんまり遅くなると、子供達が帰って来るし、嫁も怪しんじゃうから…」
貴方は、いつもと同じ文句を呟きながら、ベンチから腰を上げた。そんな貴方に今日も私は、いつもと同じ言葉で、感謝を告げた。
「今日もありがとう…。私の為に時間作ってくれて…。これからも、よろしくね…。また、公園のベンチで会ってくれるよね?」
すると、やはり今日も同じ言葉で、貴方は私に答えてくれた。
「うん。オレの方こそ、よろしくね。また、ここで落ち合おう」
貴方は、いつも通りにニコッと笑みを浮かべると、クルリと向き返って歩き始めた。今日も少しずつ離れてゆく貴方を、いつもの様に私は見つめていた。毎回私は、貴方の姿が見えなかなるまで、ベンチで貴方の背中を見つめているのだが、今日の私は、貴方を呼び止めた。
「待って…!」
貴方は、ピタリと歩みを止めて再び私の方を振り返った。
「ダメよ…、やっぱり…、もう、やめにしようと思うの…」
貴方は、少し驚いた表情をしていた。
「えっ…、どうして…?」
私は、貴方の顔を直視する事が怖かった。今日が貴方と会う事が出来る最後の日で、これが最後の瞬間だと、私には分かってしまったからだ。だけど私は、貴方の顔をちゃんと見て、私の決意の言葉を伝えるのだ。
「こんな事…、続けてちゃダメだと思うの…。もちろん私の勝手だし、私から貴方を誘ったし、それに…、貴方を好きな気持ちは、本物だけど…。でも…、だけども…、こんな事続けていては、お互いダメだと思うから…」
少しの沈黙の後、貴方は口を開いた。
「そっか…。でも、まぁ、仕方ないよな…。オレと君とじゃ、立場も違えば、置かれてる状況も違うから」
「そうなの…。きっと、このままだと貴方にとっても良くないと思うから…。今まで、こんな我儘ばかりの私に、付き合ってくれて、ありがとう…。それと、ごめんね…」
「もう、いいの?」
「うん…。やっと決心がついたから…」
私の目からは、大粒の涙が溢れ出ていた。今までに感じたことのない感情とか感覚が、私を包み込んで、体が軽くなってゆく。
そして、私の薄れゆく意識の中で、貴方は最後まで、優しく微笑んでくれていたのだった。
彼女は、まさに“フッ”と消えてしまった。どうやら、この世への未練が消えて、成仏できた様だ。オレは少し嬉しかったが、同時に少し寂しくもあった。
オレは、しばらく彼女が消えて行った空を、羨ましく見上げた後に、また歩き始めた。可愛い子供達と最愛の妻が待つ家に帰る為に…。
でも、ダメなのだ。どうしても辿り着けない。どうしても思い出せないのだ。あの、家族四人で暮らした家に…。
幸いこの霊体になってからと言うものは、怪我とか疲労とは無縁なので、いつまでも、どこまでだって探し続けられるのだが、いい加減オレも疲れて来た。
この数ヶ月は、彼女と過ごせて、幾分かは、気が楽だったが、それもオレにとっては、偽り幸せに過ぎなかったと言う事なのだろう。その証拠に、彼女は無事に成仏出来た様だが、オレは今まで通り浮遊生活に逆戻りなのだから。
はぁ…。一体オレは、どうすれば成仏出来るんだろうか…。終
最初のコメントを投稿しよう!