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「林田さん、家には帰りたいと思わないんですか?」
釣りの途中に訊いてみた。林田は眉根を寄せた。
「しっ、猫に聞かれたら困る。その話はまた今度だ。今度ゆっくり海水浴でもしようじゃないか」
今では都合が悪いのか。確かに猫は二人を見張っているようにうようよいるが。
キスは二匹しか釣れなかった。紘一が一匹、林田が一匹だ。まあ一匹でも腹に収まれば空腹もしのげよう。林田が帰り支度をしながら言う。
「食べ物は魚だけじゃないんだ。私は畑でジャガイモを作っているし、トマトやナスだってある。コメはさすがに無理だが栄養バランスは悪くない」
林田は畑を作っていたのだ。一人ぼっちで遭難してここまでできるのは凄い精神力の持ち主だ。一年間、どういう気持ちで暮らしてきたのだろう。
猫が二人の後をついてくる。林田は半分が妖怪だと言ったが、どう見ても普通の猫だ。
テントに着いた。陽は西の空を赤く染めている。林田がテントの裏から枯れ木を持ってきてその上に枯葉を乗せ赤くなっている炭を置いた。火が枯葉に点いて燃え上がる。
「林田さん、火はどうしたんですか?」
「ポケットにライターが入っていたよ。私は煙草を吸っていたからね」
それはついていたな。無人島暮らしで火があるのとないのでは大違いだ。
「土器も作ったんだ。ジャガイモを茹でよう。魚は塩焼きでいいな」
「ええ。十分です」
紘一はだんだん不安になった。このままずるずると無人島に居させられるのではないか。ヨットが転覆しなければこんなことにならなかったのに。そういえばあのときのメンバーは全員無事なのだろうか。この島に打ち上げられたのは紘一一人のようだが。
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