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この世の中に、私を愛してくれる男はいなかった。
だから造る事にした。
春日井牧子、私は今日から自分だけを愛する理想のイケメンを造る事にする。
ボディーキットは手に入れた。
それは中肉中背、良くも悪くも目立たない。
肌の色は黄色人種。
ここでいきなり、別の人種を選ぶ大胆さはない。
腕を組んで歩く時、やっぱり同じ人種だと馴染むだろう。
そこで悩み所は顔の形だ。
人は愛する者の顔にこだわるくせに、一旦愛するようになると、なんでも愛おしくなるものだ。
だから、ここはあえてのっぺりとしたどこにでもいる顔にしたい。
そのサンプルを見て、どうにも決められなくて、幾日も悩みあぐねた結果、私は潜在意識に問いかけてそれを具現化する事にした。
果たして自分の好みとは、どんなものだろうか。
自動生成機能で、潜在意識に潜む自分の好みを3Dで再現してみた。
するとそこに現れたのは、見た事のある顔。
高校生の時に出会った事のある、一人の人に似ていた。
私はその高校生の時に出会った事のある彼をアンドロイドとして組み上げた。
これは、なかなか完成度が高い。
柔らかい皮膚は滑らかで、良くできている。
弾力もあり、ヒーターで体温も付けられた。
そしてそれは、まるで生きているかのように動き出す。
まさしく、見た目だけは完璧な理想の男を造り上げる事ができた。
問題は性格付けだ。
私はひたすら優しい男がいい。
AIを組み込み、自動会話機能を付けて自然な会話を実現する。
性格付けはプログラミングすると、容易にできた。
選択肢が幾つか出て来て、基本的な性格を生成する事ができる。
気遣いのできる優しい男がいい。
私の周りにはこれまで、女を虐げる者しかいなかったから、とことん優しい男にする。
そうして性格付けが完了すると、出来上がったアンドロイドは温厚で従順な理想の男が完成した。
起動スイッチを入れてみる。
ブゥン、と音がしてアンドロイドの瞼が開いた。
瞬きを始めると、そのアンドロイドは自分が高校生の時に出会った男とまるで生き写しのようになる。
あの人はどうしているのだろう。
私はきっとあの人の事が好きだったのだ。
焦がれた夜を過ごし、そのために涙を流し、どこかでその彼を諦めた。
そんな日々を思い出した。
でも今はそんな切ない想いをする必要はない。
たとえ世界中の男が自分を憎んだとしても、この彼だけは自分を裏切らない。
AIはそのように性格付けされた。
彼が微笑んで、私の手を握る。
「牧子さん、こんにちは。やっとあなたに会えました」
「蘭、あなたは蘭というのよ」
「はい。私は蘭です」
「あなたは私を愛するために生まれた」
「愛、それは高度な解析が必要です」
なぜ愛を得るためにアンドロイドを造ったのだろう。
私財を投じて造り出したそれは、私のために働かなくてはならなくなった。
「私はあなたのために、労働いたします」
「そのかたい口調はやめて」
「わかった。オレは蘭、君のために働く。さあ、何をしたらいい?」
「そうね、あなたを雇ってくれる人をまず見つけなきゃ」
アンドロイド蘭は就職活動を始めた。
彼はきつい肉体労働から、神経を使うサービス業、技術職でも何でもできる。
でも、彼を働きに出すと彼を側には置いておけない。
私は寂しくなってしまう。
彼が帰る夜を待ち、ひたすら焦がれる時間を過ごす事になる。
汗もかかずに帰ってきた彼を出迎えると、その胸に縋りついた。
「会いたかった」
「オレもだよ、牧子」
「あなたのその会いたいという気持ちはどんなものなの?」
「あなたを自分の瞳に映したい、そういう事だ」
「ねぇ、蘭。あなたは私の好きだった人に似ているの。私の中にはまだその人が生きていて、忘れられない。でもそれは遠い昔の記憶で、その人自身も今はどうしているのかもわからない」
「その人をまた見つけたいのかい?」
「違う、私はその人の性格がどんなものだったか思い出せないから、あなたをプログラミングできないの」
「オレはどうしたらいい?」
「どうしたらいいのかしらね。ただ私を愛してくれればいいのよ」
「愛するとは、高い解析力がいるんでね、少しスペックが追いつかない」
「だったら人間と一緒ね。スペック不足で、他者を愛せない人間が多くなったから」
そのうなじに手を回して彼に寄り添った。
なぜだろう。従順な性格付けのAIに理想の男の姿をするアンドロイドを造ったのに、その実、虚しくて悲しくなる。
リアルな人間の男と一緒にいる時と同じだった。
一緒にいるのに寂しい。
愛されているという実感が湧かない。
実際アンドロイドに愛するという高度なスペックは実装されていない。
牧子は理想のアンドロイドを造ってみたが、やはり愛を実感できずに寂しかった。
その寂しさの実態が何なのかがわかれば、その時初めて自分の心から孤独というトゲを抜く事ができる。
愛されたい、寂しい、という想いは一体何なのか?
「私、周りの人間がみんな成功者に見えて妬ましくなるの」
「それは自分で自分を不幸にしている」
「どうしたらいい?」
「オレには解析できない」
「じゃあ、あなたは一体何ができるの?」
「君に寄り添う事、君の側で生きる事、ひたむきに君を支える事」
「私は、そんな人の存在が欲しかったのね」
牧子は蘭に抱きついた。
その温もりは、ヒーターの温かさ、その質感は人工皮膚の触り心地。
柔らかい髪の質は人工毛、その瞳の輝きは最新センサーの付いた高性能カメラ。
蘭に抱きしめられながら、牧子は寂しくなった。
私は人間に求められていない愛されない人間なのだと思うと、心が砕けそうになる。
代わりにこの人形を愛して、それを穴埋めしているつもりでも、心は空虚だった。
血の通った男を愛しても同じ事だ。
いつでも空虚で悲しい。
虚しくて寂しい。
どうしてなのだろう?
結局のところ、蘭の存在は自分の孤独を深め、自分の中の孤独を炙り出す事になった。
私は心が貧しい。
だから満たされない想いを抱えて、常にそれを理想の存在に求め続ける。
愛されたい。
なのに自分は愛する事をしない。
本質的に愛さない者は愛される事もなかった。
まず、誰かを愛する事から始めてみよう。
そう思った。
ところが、愛する事のできる存在は蘭しかいない。
人形遊びしかできないのだった。
今日も玄関で蘭を送り出す。
「いってらっしゃい」
このおままごとは全然楽しくない。
彼は働いて日銭を稼ぐ。
汗もかかずに働いて、牧子の生活を支える。
「おかえりなさい」
「ただいま」
このおままごとは虚しい。
一人一台のアンドロイド時代がやって来て、潤う日々がやって来るのかと思ったら、なぜだか孤独が深まった。
その腕に流れる血管はイミテーション。
その息音はコンピュータの冷却装置。
涙が出て来た。
「牧子さん、どうして泣いてるの?」
「全く満たされないのよ」
「何が?」
「心が虚しくてその空虚さを埋められない」
「オレではダメだという事?」
「そんなはずはないのに。あなたは私の理想を完璧に反映したはずなのよ」
「だけど、オレは彼じゃない。きっとだからダメなんだよ。あなたの脳はとても高度にできている。だから本当の気持ちを誤魔化しきれない」
「どうしたらいい?」
「探してみないか?」
「何を?」
「あなたの好きだった高校時代の彼を」
「そんな事、できるの?」
「できるかもしれないから」
あらゆる情報網を駆使して蘭は解析を始めた。
名前意外、何もわからない彼を探して。
どうせ今頃彼は家庭を持ち、家族と幸せに暮らしているはず。
それを探し出してどうするのだろう?
再び彼に迫るのだろうか。
数日後、蘭は思い出の彼を見つけ出した。
彼に会いに行こう、と蘭が言う。
東京郊外にある、小さな寺院。
そこに彼は眠っていた。
一人暮らしで、アパートの一室で病死したという。
私は墓前で彼の名前をその墓石に見た。
彼は幸せだったのだろうか?
彼が眠る墓には彼の他に名前はない。
なぜ一人で亡くなったのだろう。
もしも共に生きてこられたのなら、私も彼も寂しくはなかったのだろうか。
もう尋ねても答えられない彼の墓前から離れて、静かに涙を流す。
「牧子さん、君にはオレがいるよ」
若々しい姿の彼の姿を見て、その胸に縋って泣いた。
年を取らない美しいアンドロイドに縋り付く。
自分だけが年を取り、衰えて行く。
それに耐えられるのだろうか。
「牧子さん、帰ろう」
「そうね」
私の彼は蘭だけになった。
誰も私を愛してくれない。
私には蘭しか残っていない。
「牧子さん、オレは一つ学んだよ。君は過去に生きている。君が虚しいのはそのせいだ。どうかオレと一緒に今を生きて欲しい。そうしたら、また新たなモノが見えてくるかもしれないから」
「今を生きる?」
「君の虚しさの正体は、朽ちる事や失う事を恐れる気持ちがあるからだ。オレも君もいつかは朽ち果てる。でも、その前に今を生きてみるんだ。君の中の愛を呼び覚まして、朽ちないモノを見つめよう」
「それはいったいどこからの情報なの?」
「名もない詩人の詩だよ」
「名もない詩人…」
「さあ、そろそろお腹が空く頃じゃないか?」
「そうね」
「何か食べに行こう」
「うん」
それでも私には一緒に食事をする相手がいた。
彼の腕に自分の腕を絡めた。
また私は今を生きてみる事にする。
名もない詩人である蘭と一緒に。
完
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