クレーマー一号(ズイちゃん)

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「確かに、前の職場ではクレーム対応もしてましたけど! 何で白銀さんが知ってるんです? それに私、名乗りましたっけ? てか、その呼び名は何なんです!?」 『いっぺんに質問しないで! 混乱する!』   白銀は、耳を塞いだ。 『えーと、そのぉ。名前と前の仕事内容は、なっちがいない間にそれ見ちゃった』  白銀が、ロフト下のテーブル上に置かれたなつみの履歴書を指す。なつみは、目をつり上げた。 「勝手に見たんですか!」 『広げっぱなしだったから、つい……』 「金輪際止めてください! ついでに、その呼び方も!」    腰に手を当てて怒鳴ると、白銀はきょとんとした顔をした。 『へ? でも、なつみの愛称っていったらなっちじゃないの? アイドルグループで、そんな子がいたじゃん。ほら、女の子ばっかりで歌を歌ってて。可愛い雰囲気の』 「あ~。……って、いつの時代の話ですか」  確かにかつてそんなアイドルグループがあったし、メンバーにそんな子がいたが。かれこれ二十年も前の話ではないのか。すると白銀は、とんでもないことを言った。 『前の住人がテレビを観てる時、僕も一緒に観てたんだ。その住人は僕の声が聞こえなかったから、こっそり後ろからだったけど。あ、さっきは本当にごめんね。なっちは久々の住人だったから、嬉しくてつい声をかけちゃった』  もしや、となつみは思った。 「私が物件を見に来た時、ようこそって言いました?」  おお、と白銀は目を輝かせた。 『聞こえてたんだ? そうだよ』 「まったく……。そんなにしょっちゅう、ここへ入り浸ってるんですか。それも、二十年前から……」  説教しかけて、なつみはふと思い当たった。 「ちょっと待って。私が久々の住人って言いました? まさか二十年間、ここは誰も入居しなかったんですか?」  お前のせいか、とにらみつければ、白銀は慌てたようにかぶりを振った。 『僕のせいじゃないよ!? なっち以外の人は、僕の声なんて聞こえないもん。原因は、この梯子』  白銀は、ロフトにかかった梯子をぽんぽんと叩いた。 『このアパートでロフトがあるのって、この部屋だけでしょ。何人か女の子が見に来たけど、梯子が扱えなくて断念しちゃうんだよねえ。ほら、めちゃくちゃ重いでしょ? 動かす自信が無いって』   それがネックか、となつみは合点した。確かに、ロフトを使わない時は、梯子は片付けないと邪魔だ。鍛えているなつみはそれができたが、力の弱い女性なら無理かもしれない。家賃の安さは、そのせいか。 『結構可愛い子も見に来たのに、残念だったなあ。入居しろ~、しろ~って、念を送ってたんだけど』  そんな暇があるなら仕事をしろ、となつみは内心毒づいた。 『でも、なっちが力持ちでよかったよ。あ、テレビとか好きな方?』  のんきな白銀を見ていると、なつみはだんだん苛立ってきた。 (どうせ、私の取り柄は体力だけですよ!) 「とにかく、とっとと神社へ帰って、そのズイちゃんとやらの相手をしてください。それから、なっちっていう呼び方は厳禁!」  目を見すえて叱りつければ、白銀はちょっと震え上がると、すうっと姿を消したのだった。
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