クレーマー一号(ズイちゃん)

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『うーん、それねえ。打ち明けるには、まず僕の仕事内容から説明しないといけないんだけど』  どうやらそれが癖らしく、白銀は、再び頭をぽりぽりと掻いた。なつみとて暇なわけでは無いのだが、さっさと帰ってもらわないことには、落ち着いて履歴書も書けやしない。仕事内容とやらを聞き出すか、となつみもまた正座した。 『君のお家って、仏壇はある?』 「実家になら」  突然の話題の変化に戸惑いながらも、なつみは頷いた。 『お仏壇に手を合わせる時って、何を考えてる? 願い事なんかはしてるの?』 「あ、それはしてません。仏壇にお願い事はしちゃけいないよって、祖母から聞かされてましたから。……、あ、その巫女をしていた身内ですけど」 『すごい、大正解!』  白銀は、細い目を精一杯大きく見開いた。よほど興奮したのか、その場で軽く跳躍する。 『さすが、我が神社で巫女をされてたことはあるね! そう、ご先祖様には感謝はしても、お願いはしちゃいけないのよ』  我が神社、か。眷属の下っ端のくせに偉そうな奴だな、となつみは密かに思った。 『でもね、これは知ってた?』  白銀が、身を乗り出す。 『常に感謝の気持ちを持って心がけを良くしているとね、ご先祖の仏様が、何とか力になろうと考えるわけ。そして子孫のためのお願いを、神様に代わりにしてくださることがあるんだよ』 「へえ~、それは初耳です」  なつみは、目をパチクリさせた。 『で、仏様たちからお願い事を聞いて、これは叶えてあげようと思うものを神様に伝達するのが、僕の仕事ってわけ。要は、仕分け係?』 「大切なお仕事ですね」  その割には身も蓋もない表現のような気はしたが、取りあえずなつみは相づちを打った。だがそのとたん、白銀はぷるぷるとかぶりを振った。 『そうかもしれないけど! こんな大変な仕事も、そうそう無いよ?』 「なぜです?」 『だって』  白銀は、キッと目をつり上げた。 『人間が神様に直接する願い事の数なんて、知れてるでしょ。しょせん、生きてる人間の人数分だけなんだから。しかも、生きてる人間が全員神社へお参りするわけでもない。でも、そのご先祖様たちの数を考えてみてよ』 「あ~……」  なつみは、合点した。それは、さぞ膨大なことだろう。とはいっても……。 「それが、白銀さんのお仕事ですよね?」  こっちは、その仕事が欲しくて奔走しているのだ。なつみは、冷たく言い捨てた。 「なら、早く帰ったらいかがですか。こうしている間にも、お待ちの仏様が……」 『でもでも! 怖いんだよう、あの仏たち』  白銀は、なつみの部屋着の袖をぎゅっと握った。 『昔は、まともな願い事が多かったんだけど。今は、理不尽な内容が増えてきててさあ。ああいうの、ハラスメントっていうんじゃない?』 「そんな言葉、よく知ってましたね」  なつみは感心したが、白銀はあっさり説明した。 『参拝に来る人たちが使ってるから、自然に覚えた。……とにかく、ひどいんだよ。自分は豪華なお葬式にして欲しかったのに、遺族がケチってしょぼい葬式にした、やり直してくれ、とか』 「それは、神様にお願いする内容ではないような……」  なつみも、さすがに首をひねった。つかまれた袖は、さりげなく振り払う。    『でしょ? あとは、一番多いのが、お墓関連ね。隣の墓の仏がムカつくから、墓の場所を変えたいって』  ご近所トラブルは死後もかあ、となつみは頭を抱えたくなった。 『一度うっかり引き受けたら、えらいことになったよ。その仏のせいで、霊園の墓全部、総入れ替えの大移動。他の仏からは文句が来るわ、神様にはしょうもない願いを聞き入れるなって怒られるし、散々だった』  一番苦労したのは、作業に当たった霊園に勤める人々だろう。とんだ災難だったな、となつみは見も知らぬ彼らに深く同情した。 『第一! 僕らが神様に伝達するのは、あくまで子孫のための願い事。今話したようなことって、仏自身の問題じゃん?』 「――だったら、はっきりそう言って断ればいいじゃないですか」  シンプルに返せば、白銀はぐっと詰まった。 『で、でも……。あの仏たち、本当に厄介で。もはやクレーマーも同然なんだよ。仏によるハラスメント……。あっ、今はホトハラとかいうのかな、こういうの?』 「言いませんし、どんな場面で使うんですか」  某芸人コンビの片割れみたいだな、となつみは思った。 「けど、そんな方々が、こう言ってはなんですけど、よく成仏できましたね」 現世に未練がある場合は成仏できないのでは、となつみは首をかしげた。
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