① 思い出の酢豚

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 心の奥に引っ込んでいる珠子先生の声が、家庭科室に響いた。  珠子先生は……しっかりと感じている。亜咲さんという、珠子先生の親友の気持ちを。 「珠子……私、亜咲よ。体の中に入ってごめんね」 『いいの亜咲。ずっと会いたかった』 「珠子は立派な先生になれたね。こんな素敵な生徒たちに囲まれて」 『うん。亜咲の分も、頑張るつもり』  珠子先生は笑いながら泣いていた。これはきっと、心の奥の珠子先生の涙だろう。 「胃の中が熱い……」  そう言って、珠子先生は胸の辺りを押さえた。  もはや亜咲さんなのか、珠子先生自身の声なのかはわからなくなる。  今、体をコントロールしているのは亜咲さんだから、きっと亜咲さんの声だろう。 『私も亜咲と同じように、胃の中が熱いわ。熱いというより、温かい……』 「ええ。多分……酢豚を食べて満足できたのね。ありがとう、料理少年」  水斗君の方を見て、珠子先生は頭を下げた。  水斗君はほめられて照れているのか、顔を真っ赤にさせている。 「珠子にも会えて、酢豚も食べれて、もう思い残すことはないわ……」  珠子先生の体から光の粒があふれてきた。  その粒は天井に向かって上がっていく。  粒同士がくっついて人の形になると、徐々に色と表情がついていった。  私が追いかけた透けた人間の正体である亜咲さんが、笑顔になって現れる。  そのまま手を振りながら、少しずつ消えていく。 「ありがとう。そして、ごちそうさま……」  中から亜咲さんが抜けた状態の珠子先生は、目を閉じてだらんとしてしまった。
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