70人が本棚に入れています
本棚に追加
心の奥に引っ込んでいる珠子先生の声が、家庭科室に響いた。
珠子先生は……しっかりと感じている。亜咲さんという、珠子先生の親友の気持ちを。
「珠子……私、亜咲よ。体の中に入ってごめんね」
『いいの亜咲。ずっと会いたかった』
「珠子は立派な先生になれたね。こんな素敵な生徒たちに囲まれて」
『うん。亜咲の分も、頑張るつもり』
珠子先生は笑いながら泣いていた。これはきっと、心の奥の珠子先生の涙だろう。
「胃の中が熱い……」
そう言って、珠子先生は胸の辺りを押さえた。
もはや亜咲さんなのか、珠子先生自身の声なのかはわからなくなる。
今、体をコントロールしているのは亜咲さんだから、きっと亜咲さんの声だろう。
『私も亜咲と同じように、胃の中が熱いわ。熱いというより、温かい……』
「ええ。多分……酢豚を食べて満足できたのね。ありがとう、料理少年」
水斗君の方を見て、珠子先生は頭を下げた。
水斗君はほめられて照れているのか、顔を真っ赤にさせている。
「珠子にも会えて、酢豚も食べれて、もう思い残すことはないわ……」
珠子先生の体から光の粒があふれてきた。
その粒は天井に向かって上がっていく。
粒同士がくっついて人の形になると、徐々に色と表情がついていった。
私が追いかけた透けた人間の正体である亜咲さんが、笑顔になって現れる。
そのまま手を振りながら、少しずつ消えていく。
「ありがとう。そして、ごちそうさま……」
中から亜咲さんが抜けた状態の珠子先生は、目を閉じてだらんとしてしまった。
最初のコメントを投稿しよう!