① 思い出の酢豚

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「揚げ焼きってやつだな! これでもカリカリ感は出るし、かんたんにできるだろ?」  焼くように揚げるってことか……私は苦笑いをしながら「そうだね」と同意した。  豚肉に火が通ったら、野菜も豪快に入れた。  そのタイミングで、水斗君は火を消して冷蔵庫に向かう。 「どうしたの?」 「いや、確か……あったあった! 缶詰のパイナップル! これも入れちゃおう!」  水斗君、パイナップル入れる派なんだ……これも手際よく缶詰のフタを開け、そして水気を切る。  そのままいくつかのパインを、フライパンの中に投入した。  仕上げにフライパンの余分な油をキッチンペーパーで拭き取ってから、作った甘酢あんを加えてとろみがつくまで混ぜ合わせる。  食欲が湧く香りが家庭科室にただよっている。  中華屋さんの香ばしい匂い……私も一口欲しいなぁ。  その時、珠子先生をほったらかしにしているのに気がついた。  イスに座っている珠子先生を見てみると、天井を見つめてボーっとしているみたいだった。  やっぱり、中に透けた人間が入り込んでしまったのかな?  あれはきっと……幽霊か何かなのかもしれない。 「完成! 水斗特製かんたん酢豚! それじゃ珠子先生、召し上がれ!」  平らで真っ白な皿に、野菜がカラフルな熱々の酢豚が盛られていた。  見るからに豚肉がジューシーそうだ。  こっちまでよだれが出てきそう。  透けた人間が入り込んでから静かになった珠子先生が、無言のまま一口を食べた。
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