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「美味しい……」
ずっと無言だったのに、その「美味しい」は力強かった。
よく見てみると、珠子先生の目から涙が流れている。
「珠子先生! オレの料理が天才的に美味いからって、泣くことないだろ! なあ、ヒビコ?」
水斗君が私を見る。
今の珠子先生はやっぱり異常だ。酢豚を食べて泣くなんて。
私はその異変から、何となくわかった。
今話しているのは、珠子先生の意志ではない。あの透けた人間の意志だ。
「水斗君。きっと珠子先生は、幽霊に乗っ取られているわ」
珠子先生の目を見る。珠子先生の死んだような目が、こっちを見る。
うつむいてから、箸で酢豚の中のパイナップルをつかんだ。
「珠子……立派な先生になれたんだね」
パイナップルを見つめた後につぶやく。そしてパイナップルを口にした。
今、珠子って呼び捨てにした……珠子先生の中に入った幽霊は、珠子先生の知り合いなの?
「おいおい、ヒビコどういうことだよ? 幽霊って」
「待って、あとで説明するから。もしかしてこの幽霊、珠子先生の知り合いかも」
珠子先生は箸を置いて、かみしめるように食べる。
そして、不気味な笑みを見せた。
「珠子とは、高校の時の親友なの。高校の時に私が交通事故で死んじゃって、それ以来こんな体になった」
「珠子先生の、高校の時の親友……の、幽霊?」
隣では水斗君が口をポカンと開けて、絶句している。
この状況がまだ理解できていないみたいだ。
私は水斗君を無視して、珠子先生の中の人と話す。
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