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エピローグ
「さあ、こいつはもう大丈夫だろう」
エンターキーを押すと、ほとんど無意識に独り言がこぼれた。それから癖になっている大きな伸びをする。年代物のキャスター付き椅子がギシギシと悲鳴を上げた。
オレの名前は久保利通。
少子化対策庁の肝いりプロジェクトで作成されたアプリ「AとIの恋の相談トークルーム」に従事するスタッフだ。
とはいえ、完全アウトソーシングのプロジェクトなのでオレ自身は官庁の人間ではない。
業務の孫請け会社の一プログラマーだ。
それにしても酷いプロジェクト名だと思う。
が、それよりも酷いのはこのプロジェクトにAIなんてモノは一切使われてないということだ。
紛らわしいプロジェクト名だが、たしかにどこにもAIが使われているなんて書かれていないのだ。
政府は独自AIの開発に成功しなかった。
いや、まだ成功していないというべきか。
他国のAIが日本語でも使える以上、何らかの差別化が必要だった。
そこで、AIが人格を再現して会話をするというものを設計したのだが、けっきょくそれは上手くいかなかった。
例えば、恋愛相談ならば、恋愛成就したい相手の立場に立って相談に答えることになるのだが、コンピュータ上にある程度の人格のパターンを再現するのに必要な量のデータが、プライバシー保護や個人情報保護の世論の壁に阻まれてけっきょく集められなったのだ。
ところがプロジェクトの宣伝だけは大々的に行っていたものだから引っ込みが付かなくなっていた。
そこで慌てて作られた恋愛相談チャットアプリには、(秘密裏に)人力が使われることになったのだ。
極秘に集められたスタッフは2000人。
いわゆる中の人だ。
分かるだろうか。オレのようなヤツも含めての2000人だ。
つまり今回のようにオレのようなヤツが女子中学生になり切って返答をするケースも普通に大いに沢山あるのだ。
むしろほとんどがそうだ。
分かるだろうか。清い身のままで妖精になれる権利まで取得したオレが、彼女いない歴=年齢のオレが、中学生の恋愛成就のために無い知恵を搾って会話をしているのだ。
ところが何故かこれが大当たり。
若者の恋愛離れが大いに解消され、今年度は婚姻件数も大幅に増える見込みらしい。
そして相談件数もうなぎのぼりだ。
オレたちは寝る間も惜しんでチャットにいそしんでいるが、全く追いつかない。
政府はスタッフを大幅に増員することを決定したようだが、その増援が来るまでまだしばらくは何とかしのがなければならない。
これこそ挺身。これこそ自己犠牲。欲しがりません勝つまでは。
オレに彼女ができないのもこの忙しさのせいだ。たぶん。きっと。
あれ何か頬に熱いものが伝うなあ。
完
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