死に至る花の病

4/21
29人が本棚に入れています
本棚に追加
/21ページ
 実を言えば僕は幼少時に、隆史さんに初恋をした。一緒に華道を学ぶ月に一度の習い事の日は、僕にとって本当に大切だった。その後、絢瀬先生と茨木と、四人で雑談をしたり、お菓子を食べたり、遊んだり、そんな時間がどうしようもなく好きだった。隆史さんを目にすると僕の胸は高鳴ったし、時に切なく疼いた。理由は無論、隆史さんの結婚相手が兄であり、僕の恋は叶わないと知っていたからである。正直、茨木が羨ましくてたまらなかった。一年先に生まれたという理由だけで、隆史さんと結婚できる兄が、すごく羨ましかった。  でも、だからと言って、死んでほしかったわけじゃない。  僕は相応に、兄が好きだった。隆史さんだって、茨木を好きだったと思う。二人は仲睦まじかったのだから。隆史さんはいつも愛犬の(ケン)を伴っているのだが、二人と一匹が散歩をしている姿を、僕は帰省した時に、遠くから何度か見かけた。隆史さんは華頂の人間ではないから、罹患可能性も低いとして、兄と頻繁に会っていたようだ。僕は医学部進学後は一人暮らしをしていたから、詳しくは知らないのだが。 「おめでとうございます!」  同僚にかけられた声で、僕は我に返った。視線を向け、小さく頷く。 「ありがとうございます」 「華頂先生が退職なさるのは、寂しいですが……お幸せに!」  ゆっくりと瞬きをし、僕は微苦笑した。医局の出世争いは激しいから、本当は僕の退職をこの同僚が喜んでいる事も知っている。それ以外にも、容姿端麗で資産家の高名な政治家との婚姻を羨んでいる同僚もいる。時に嫌味を投げかけられた。だが、僕は何も言わず、白衣のポケットに突っ込んだ両手を握って、聞き流した。  なにせ僕は、隆史さんとの結婚を、誰よりも喜んでいる。  それは――兄の死を喜ぶに等しい。  遣る瀬無さと罪悪感が綯い交ぜになった胸中でいると、僕は寧ろ、周囲の棘がある反応を、心地良く思ってしまう。僕は、攻撃されて当然の考えを、抱いている最低な人間だと、己を考察しているからだ。  僕は左手に輝く婚約指輪を見る。ダイヤの煌めきに、苦しくなった。  こうして僕は、医局に勤務する最終日を終えた。  新居は、実家の裏山の中にあった。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!