死に至る花の病

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 目を覚ますと、僕の顔に寄り添うように、巨大な白い犬がいた。犬種は知らないが、これが隆史さんの愛犬だと知っている。賢は僕が目を開けると、僕の頬を静かに舐めた。 「あ……」  体が気怠く重い。声が少し掠れていた。僕は手を伸ばして、そばに置かれていたミネラルウォーターのペットボトルを手に取る。それから上半身を起こし、喉を癒してから、賢を撫でた。長い毛並みで柔らかい。  隆史さんの姿はない。  その後、使用人が訪れ、隆史さんは帰宅したと教えてくれた。賢は置いていくそうだった。『また来る』という書置きを、僕は使用人から受け取った。賢を置いていった以上、本当に来るのだろうと思う。そう思って気づくと僕は喜んでいた。それからすぐに苦しくなって、俯いた。これではやはり、兄の死を喜んでいるみたいではないか。そもそも隆史さんは茨木の事が好きであり、僕を抱いたのは儀式に過ぎないというのに。  しかし僕は、隆史さんの温度が忘れられなくなった。  それ以後、週に一度は、隆史さんが顔を出すようになった。その度に、僕の体は快楽の熱で熔かされる。蕩ける体で、僕はいつも泣きながら喘ぐ。快楽にどんどん思考が蝕まれ、譫言のように隆史さんの名前を呼ぶようになるまで、そう時間はかからなかった。それでも『好き』だとか『愛している』とだけは、告げなかった。自分に許したのは、隆史さんの名前を呼ぶ事だけだ。隆史さんが僕に愛の言葉を囁く事もない。それでも、それで良かった。僕はいつも隆史さんを待ちながら、片想いの胸の痛みに耐えているが、抱いてもらえるだけで満足だった。たとえそれが、儀式でも。  この日も僕は、隆史さんの事を想いながら、布に刺繍をしていた。  これは、陰陽道の作法の一つなのだという。華頂家の人間が縫った桜の模様入りの布には、特別な力が宿るそうで、婚姻後、戸籍的には蘆屋の人間となる僕ではあるが、華頂の当主も兼ねる事になるので、今は刺繍は僕の仕事だ。なお家督は叔父が継ぐと決まったそうだ。将来的には、僕の従弟が華頂家の当主になるそうだが、まだ三歳なので、暫くは僕が刺繍の担当だ。 「痛っ」  考え事をしていたため、僕は指先に針を刺してしまった。
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