死に至る花の病

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 そして――目を見開いた。僕の指から零れ落ちた赤いもの、それは最初血に見えた。布が汚れてしまうから、やり直しだと僕は当初思ったが、その赤いものは、布に触れると床に落下した。布を汚す事は無かったし、血にしては巨大だった。床には、赤い花びらが落ちている。それは桜の花びらによく似ていたが、色は真っ赤だ。 「これは……」  いつか、僕は目にした事がある。急に車が突っ込んできて、なんとか回避したものの兄が転倒した時、その膝から、同色の花びらが溢れた光景を。僕は蒼褪めた。背筋が瞬時に冷たくなった。冷水を浴びせられた心地で、僕は畳の上に落ちている赤い花びらを見る。  ――花現病の亜種。  すぐに僕は、それを悟った。何度か瞬きをして夢ではないかと考えようとしたが、確かに花びらが落ちている。その時、扉の外から声がかかった。 『蘆屋様がお見えです』 「今日はお帰り願ってくれ。体調が優れない」  僕は流れるように嘘をつき、花びらを手に取り、ごみ箱に捨てた。  実は、ある取り決めがなされていたからだ。  ――万が一、二人目の華頂の人間も、花現病に罹患したら、即刻この縁談は破談とする。結婚後であれば、離婚とする。蘆屋家は、二度と華頂家に関与しない。  これを僕は何度も聞かされていたし、隆史さんも当然知っている。  だが僕は、家のためというよりも、自分のために、利己的な理由で、発病を隠蔽する事に決めた。隆史さんと別れたくない。隆史さんがいくら兄を好きだとしても、僕はもう、隆史さん無しでは生きてはいけない。僕は、隆史さんを愛しているのだから。  再会して以後、体を重ねる度に、僕は隆史さんの事を、改めて好きになっていく。  優しいところ、明るい眼差し、体温、全てが好きだ。  隆史さんがいない人生など、もう僕には考えられない。たとえそれが、隆史さんの本意ではなく、隆史さんを縛り付けるだけの結果であるとしても、僕は隆史さんのそばにいたい。両腕で自分の体を、僕は抱きしめた。 「怪我さえしなければ、露見しない」
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