98人が本棚に入れています
本棚に追加
/42ページ
「千景、中に入ろう?」
社長が手を握ってくる。が、私は放心状態。いやもとい。パニックになってしまった。
「ちょちょちょ待ってください」
私に社長の公開プロポーズの場に居るようにと? このイベント強制参加ですか??
そんなの辛すぎる。私にとっては公開処刑だわ!!
「しゃ、しゃちょう、わ、わたし、たいちょうわるくてですね、これでかえらせてもらおうと、さむけがして、つ、つつつわりか、かぜか……」
「え? 今なんて言ったの? ひらがなばっかでよくわかんなかった……え? つ、つわり?? つわりって言ったの??」
「風邪です」
「びっっっくりしたあぁぁ!! やめてよ!! そういうの!!」
そう言って、熱は? とおでこに手を乗せる。
「熱はないみたいだね。そっか、さっき水ぶっかけられたもんね」
社長は少し悲しい顔をして、「なあ、パーティーもクライマックスだし、あと少しの時間で終わるからさ。帰りは送るから、もうちょっと付き合ってくれない?」
私の弱さがここにある。そんな悲しい表情の社長、見たくありません。
私は心の中で両手を上げて降参のポーズをした。
「……わかりました」
小さく頷いた。
覚悟を決めなければならないだろう。社長と私がお付き合いできるなんてことは、現実にはあり得ない。諦めろ、私。
諦めろ、千景よ!!
だから、ここは鉄の心をもって、他のお嬢さまとの婚約発表に臨むしかない。
すると、社長は握っていた私の手を握り直し……ん? これはいわゆる恋人繋ぎ?
一度だけ、等身大パネルのトーマくんと、試したことがある。指がなくてできなかったけどww
「千景、そのドレスとても似合ってる。可愛いよ」
さあ、行こう!!
そう言って二人、会場へと入っていった。
*
「え? これどういう状況??」
恋人繋ぎの手を、なかなか離さないなあと思っていたら。振り解こうと何度試みても、解けない。知恵の輪か。
壇上には社長と私。そして、周りから悲鳴やら拍手やら悲鳴やら(2回目)が聞こえてくる。
私の前には、膝を折った社長が、片ひざをついて手を差し出している。その手には、小さな箱。
そして。
「千景、俺と結婚して欲しい」と。
ん? あれ? サクラさんは?
きょろっと視線を回すと、ステージの下にその姿を発見。めっっっちゃ涙目で拍手してる!!
「千景さん! 祐樹のことヨロシクねっっ」
視線を戻す。
あれいまわたしがぷろぽうずされてるの?
混乱の中、頭は真っ白の灰だ。
「千景、返事して?」
社長が、くうんと耳の垂れた犬のような顔で見てくる。
結婚? 結婚して欲しいって言った?
「社長、か、カエルは?」
すくっと立ち上がり、そして。
「カエル化はまだ治療中だよ。それに千景にイエスをもらえれば、『蛙化現象』克服のクエストがいつだってできるんだ」
あ、社長。微かに手が震えている。そして真っ直ぐに私を見つめてくる真剣な瞳から、社長の本気がこれほどまでに伝わってくる。
じわりと来た。じわりじわりと。
私は頑張って声にした。
「……社長、『ベッドに一緒に入って見つめ合ってみましょう。これで蛙化が発動するようであれば、また別の方法を試してみればよし。発動しないようであれば、関門クリアということで』ということでしょうか?」
「さすが俺の千景。記憶力抜群だね」
じわと滲んでいた涙が、溢れて落ちた。
それは私がトイレでずぶ濡れにされた日、社長が自宅へと招いてくれて、そして二人、同じベッドで眠った日のこと。
キラキラと輝いては蘇ってくる、私の宝物のような、社長との思い出。
「社長、逆にカエルは浮気防止のお守りになるかもしれませんよ」
「そんなのなくても浮気なんかしないけど。まあでも確かにな。俺がカエル化しないのは千景、おまえだけだから」
ふっとはにかんで笑う。
ああ、そんな社長の笑顔が大好きだ。かっこよくて優しくてハイスペで面白くて、ちょっと可愛いとこもある私の上司。
「社長、大好きです」
社長は、ほっとした表情を見せると同時に、「やっっった」とこぶしを握る。
まだ少し震えている手で指輪を箱から抜くと、私の手を取って、指輪を左薬指へとはめた。
「千景、愛してるよ」と言いながら。
わああぁあっと会場が沸いた。(悲鳴含む)
最初のコメントを投稿しよう!