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 私はスマホの画面をタップして電話を切ると、ふと駅構内でトートバッグの中身を見た。中には計画を書き込んだノートと大事な道具を詰めた箱が入っている。  にしてもあいつ。何が「―――ちょっとまっ、えっ、え!?」だ。私は雪ではなく“彼”に伝えたつもりなのに。  彼氏は一年前に首を吊った。でもそれは自殺ではなく他殺で、彼を殺したのは正真正銘、私。  同居をスタートして数週間。二人で口論になった際、早々に私の堪忍袋の緒が切れ、彼を絞め殺した。彼がプレゼントしてくれたマフラーを使用して。そして物置に保管してあった縄で首吊り自殺に見せかけ、証拠や指紋を残さないように気を付けつつ自殺現場を完成させた。  その後「同居する彼氏が首を吊っている」と自ら通報。どうやら警察の眼は腐っていたようで、奇跡的に私が逮捕されることはなかった。事故物件には住みたくないので、近所ではあるが別のアパートに引っ越し、新たな生活が始まるはず……だった。  けれどもある日、私を物悲しい感情が包み込んだ。殺人こそ犯した私だが、彼を愛していた気持ちは本物だ。やっぱり彼に会いたい、と幾度も願った!  すると、余りにも醜い私を見兼ねたのか、一人の幽霊が目の前に現れた。その人は間違いなく彼だった。  私を呪い殺しに来たのかと身構えたが、その必要はなかった。彼は何かを呟き、私の方を見つめた。その呟きの中にあったのは“記憶喪失”という単語。そう、彼は私に殺されたという記憶だけが抜けていたのだ。あたかも一ピースだけ失くしたジグソーパズルのように。  これは“使える”、そう確信した私は早速、彼に噓の情報を吹き込んだ。 「貴方ね、生前は私とカップルだったのよ。なのに貴方はある男によって、自殺に見せかけて殺された。男の名は……白石(しらいし)雪よ」  全てを伝え終えた直後、彼の瞳に殺意が浮かんだ。それでオッケー。適当に、仲の良い雪の名を借りたが、胸が痛むことはない。彼と一緒さえになれば、雪の不幸など他人事なのだから。  そこからは非常に簡単だった。雪との距離をより近付け、偽のカップルとして付き合う。仕事の都合上で引っ越すと噓を付き、何かあったら面倒だから、雪の家に行った際に彼を置いてくる。  そして遠くのアパートに引っ越して様々な計画を立て、準備期間を経て本日実行に移す。まさかネット掲示板に、亡霊が人間の身体を乗っ取る方法が掲載されていたなんて。一応実験しておいたので、それがデマでないことは証明済み。もう私に不可能はない。周囲からは私と雪が付き合っているようにしか見えないんだし。  また前みたいに、溺死するほどに愛し合おうね。 「私はまだ彼を愛している。彼もまた私を愛している。だからこれは純粋な愛の形でしょう」
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