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恋
「もしもし、麻麗芭」
自分達の会話は大抵このセリフから始まる。部屋の壁掛け時計を確認すると、時刻は午後八時頃だった。
「もしもし。元気?」
「ああ」
「こっちも元気だよ。……私、この日を待ち侘びていた」
自分はソファーにもたれ掛かる。今日を楽しみにしていたのは自分も同じだ。
自称社畜の数少ない休日に、彼女の麻麗芭が自分の家に遊びに来ることになった。音から察するに、麻麗芭は電車内か駅のホームに居るようだ。
「そっちは電車か?」
「ううん、流石に電車内の通話はマナー違反だから。今はホームの隅っこに居るよ。もう少しで電車到着する」
「ていうか、昨日のメールに“明日の仕事休む”って書いてあったけど。別日に来れば良かったんだぞ」
「……今すぐ雪に会いたいもん」
ズッキューン。胸元に弓矢が刺さったような感覚に襲われた。やはり麻麗芭は可愛い! 自分が一生護ってやらねば。
自分と麻麗芭が付き合い始めた頃、突然麻麗芭が遠くの地域に引っ越すことになった。だから現在は遠距離恋愛状態。
最後に手を繋いだのは半年前だ。今すぐにでも麻麗芭に抱き着きたい。二人で布団に潜って、そのまま……。高まる鼓動を抑えながらあれこれ妄想する。
「あれ、もしもし?」
いつの間にか妄想の世界に浸っていたらしく、暫くして麻麗芭が不安そうに声を掛けてきた。
「あ、ソーリー。考え事」
「ふーん……雪?」
「どうした」
ふう、と麻麗芭の吐息がスマホ越しに聞こえ、危うくスマホを落としそうになる。
「スマホ、スピーカーモードにして」
「構わないけど何故?」
「そんなのどうでも良い。早く」
自分は麻麗芭の指示通りに、スマホ画面に表示されている「スピーカー」の文字をタップした。
「――これからもよろしくね」
自分の思考がフリーズする。何だ急に。死亡フラグか? この世の暇乞いにでも来るつもりか?
「へへへ、私の渾身カワボはどうでしたか? スピーカーモードでお楽しみ頂けたでしょうか」
「何故これから“も”?」
「カワボは無視かーい。……詳しくは後で伝える。通話切るね」
「―――ちょっとまっ、えっ、え!?」
自分が動揺している間に通話終了を知らせる冷たい機械音が響く。
「これって……」
脳裏を過ったのは“プ”でスタートする五文字。っていやいや、遠距離恋愛半年でそれは突飛な思考ではないか、自分? でも少しくらい……。
そうだな。このアパートに着いたら思い切り抱きしめて叫んでやろう。「麻麗芭、お前を溺れるくらい愛してやる。覚悟しろよ」と。
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