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時代遅れのアルゴリズム
F博士は、研究室で首を傾げた。既に2100年を跨いでいる現代で、そもそも肉体を保持している人間がF博士を含め世界の3%程しかいないので、この首を傾げる、という行為が感情起伏に伴う肉体動作というものさえ、現代では珍しいものとなっている。
してこのF博士、何故首を傾げたというと、新しく開発したAIが支離滅裂な回答しかしないためであった。
今や人工知能とは完全に自立しており、人間の思考ベースや普段の行動からアルゴリズムが解析し必要な情報を提示するため、本来ならば回答を得るための質問をする必要もないのだが、実装前のテスト段階ではどうしてもこの様な原始的な作業が伴う。
そして肝心な回答はというと、「日本はどこにある?」と聞けば、「東京都気仙沼市栄区檜原村4-6-9-6・・・・・」意味不明な回答を返し、試しに「F博士とはどういう人間か」と聞けば、「時代遅れの白痴ボケ老人」と答えてきた。これにはF博士も腹を立て、ヤケクソになって「今日の天気は」と聞けば、「明日は槍が降り、時折アトミック※?!々+>」などと理解不能な回答が返ってきた。
ちなみに各質問の正答はというと、「日本はどこにある」は人口の50%がメタバース空間に移住した段階で国という概念は無くなったので、「20〜年に消滅した」となり、「今日の天気は」は、世界の基準はとっくにメタバースへと移行しているので、「天気という概念は存在しない」が正しい。
ちなみに、F博士はもう十数年この研究室に篭りきりであるので、どちらにせよ現実世界の天気は分からなかった。
そもそも、今の「現実世界」はメタバースであるから、確認する必要も無いのである。
そして「F博士はどういう人間か」は「人類の叡智そのもの」と答えられるべきだろうと、F博士はこの回答に一番腹を立てていた。
しかしその一方で、人工知能などとっくに発展し尽くし、その発展にも大きく寄与していたF博士にとって、この様な不良品が生まれる事は、理解が及ばない事象であったのである。
何故この様な現象が起こるのか?これは癪ではあるが、他の研究者にも意見を求めた方が良さそうだ。
F博士はそう考え、ホログラム通信システムを立ち上げ、知り合いのM博士のアドレスへと繋いだ。
「やあ、ちょっと聞きたい事があってね」
「どうしたんだいこんな時間に。まさか、君程の開発者が論文の宣伝以外で私に用事などあるのかね。大体君は腕は良い割に世渡りが致命的に下手だから昔から私が〜」
「ああ、そういう場がしらける話はやめようじゃ無いか。今日はそのまさかで、ぜひ君に教えを乞いたい事がある」
「おお、そうかそうか。思えばあれは40年前だったか、いや、50年前か?私と君で賞を取り合っていた時に、どうしてもあそこのコードのエラーを解消できないとか言って〜」
「わかったわかった、恐らくそれ以来だ。とにかく教えて欲しい。私の開発したAIなんだがね、恥ずかしながらどうやら初期段階で癇癪を起こしてしまったようなんだ。今からそちらに送るので、ちょっと原因を解析して欲しい」
「おお分かった。何でも解析してやろうじゃないか。初期段階という事は、基礎的な一問一答の段階だな?どれどれ・・・」
M博士が質問を打ち込み、回答をどんどんと得ていくと、露骨に彼は顔を顰めた。
「おいおいFくん、これは何もエラーやバグの類を起こしていないぞ。というか、このAIを形成しているプログラム自体がもう数世代前の物じゃないか。これがつい最近開発されたAIとは、何かの冗談かい?」
「馬鹿な、これは最新のバージョンのはずだ。ちゃんと質問も過去の形態から最新のプロンプトを利用して・・・」
F博士が激しく狼狽すると、得意げな顔でM博士は口を開いた。
「ははあ、さては開発は自身の手で行って、肝心のテストを行う際のプロンプトを構成する手間を惜しんで、ネット上にあるテンプレートを流用したな?しかも、バージョンの違いにも気が付かないまま。君とはしばらく連絡をとっていなかったのだが、相当時代に取り残されてしまったんだな」
F博士は唖然として、M博士の言葉をただ聞いている事しか出来なかった。自分が過去の栄華に浸っていて自分の研究室に篭り切りになっている間に世界は大きく変わり、まるで大昔の話である浦島太郎の様に1人時代遅れとなってしまっていた。
「いや、そんな筈はない。私が時代に取り残されている筈がない」
「なら、君が作ったAIに聞こうじゃないか。数世代前でも、今の状況をラーニングして判断する事くらいは出来るだろう」
現実を認められないF博士を無視し、M博士はF博士が作ったAIに問いかけた。
「F博士はどういう人間だ?」
「はい、F博士は過去に世界におけるAIのシンギュラリティに大きく貢献した人物ですが、時代に取り残されたまま歳を取り、今では現実的な判断も出来なくなった白痴のボケ老人で・・・」
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