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《恵ちゃん、今夜はどう? 空いてる? 美味しいもの食べに行こうよ。》
理久からのメッセージはいつも突然だ。前もって予定が立たないほど忙しいのだ、と特に気にしてはいなかった。
《空いてます。行きます。》
恵のメッセージにはすぐに既読がつき、いつも通りの待ち合わせ場所と時間が送られて来る。
実際に恵の仕事は指示通りにデータを入力するだけの単純作業である。スピードと正確性は求められるが、基本的にあまり頭を使うものではなかった。
もちろん効率性向上を追求し、独自に工夫を重ねることは可能だろう。しかし恵はそんなことは考えたこともない。学んで身に着けた通りの手順で、与えられた業務をこなすのが精一杯なのだ。
また時間外労働はかなり厳しく規制されており、恵はほぼ定時退社の毎日を送っていた。
だから時間の読めない彼に合わせるのは当然だと、不満どころか疑問を持ったこともない。
「雨谷さん、例の合コンの人と付き合ってるんだって? 渡部さんてあの中でもハイスペじゃない? カッコいいよね~」
「え? いえ。お食事してるだけです。そんな、お付き合いなんて……」
勤務時間終了でデスクを片付けているときに先輩女性に問い掛けられ、恵は両手を振って否定した。
「はぁ!? いや、合コンのあと会ってるんなら付き合ってるってことじゃ、……あー、まあ。雨谷さんのそういうとこがいいんだろうね」
苦笑した彼女の言葉の意味はよくわからなかったが、特に珍しいことではない。
いつものように曖昧な笑みで誤魔化して、恵はそそくさとオフィスをあとにした。
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