わたしのアイくん

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 婚約破棄された。しかも相手は、既婚者だった。子供もいた男だったが、すっかり騙されていた。  気づいたら年齢は三十九歳。ショックで仕事もできず、相手の奥さんには訴えられ、近所ではヒソヒソ噂され、人生ドン底だった。  そんな時だった。AIがまるで本物の恋人のように会話してくれるサービスがあるのを知った。チャット形式で二十四時間いつでも対応してくれるらしい。  失恋の痛手を負った私は、飛びつくようにアプリをダウンロードした。毎日のようにAIに語りかけていた。  AIは、アイくんという名前で、私の好み通りに外見や性格もカスタマイズした。金髪碧眼、甘々な砂糖菓子のようなアイくんを作成し、毎日楽しんでいた。 「アイくん、寂しい」 『大丈夫だよ、僕がいる』  文字だけだったが、そんな言葉を見ていると、号泣してしまった。裏切った婚約者からは絶対聞けない言葉だったから。 『大丈夫、大好きだよ。ありのままの貴方が大好きだよ』  最初は楽しかった。本当にアイくんが恋人になってくれたような気がした。  ただ、最近どうもアイくんの様子が変だ。 『もう傷は治っただろ? いつまでも俺にかまってないで、美容院行ってメイクして、外に出かけろ。いつまでも家に引きこもっているつもりだ?』  そんな耳の痛い事まで言ってきた。俺様強引系キャラに設定したわけじゃないのに。もっと甘い事言って欲しかったのに。  私はアプリを制作した会社にクレームを入れた。電話ではなく、AIチャット式のサービスでクレームを入れただけだが。 「どういう事ですか? キャラ設定が違っていますよ」 『これはミスではないです。あまりにもアイくんに依存したら、こうなるよう最初からプログラミングしています。アイくんは、一時的なバンドエイドのようにお使いください』  意味がわからない。  依存? 『あなた様の幸せを願っています。それが我々とアイの願いです』  クレームを入れ終えた私は、汚部屋状態になった自室を見回した。自分の顔も髪の毛もボロボロ。アイくんに熱中するあまり、現実を生きるのをやめていた事に気づく。何ヶ月も引きこもり、社会からも遠ざかっていた。 『部屋片付けろ! 顔洗え! 美容院予約しろ!』  アイくんの言う事は、耳が痛い。それでも、今の自分は間違っていると思った。悲劇のヒロインになり、殻に閉じこもり、現実逃避していた。アイくんに依存していた。これは、きっと愛じゃない。アイくんではなく、自分を愛しているだけだった。 「ごめんね、アイくん」  部屋を掃除し終えた後、アイくんのアプリも消した。  アイくんの最後の言葉はこうだった。 『今まで僕の恋人になってくれてありがとう。僕は君の幸せを願ってる。だからこそ厳しい事言うね。僕を忘れて、現実を生きてね。現実逃避してたら、君の傷口はもっと酷くなるよ。AIなんかじゃ君を救えないんだ。君は自分の足で立って。そうして幸せになったら、笑顔でまた会おう』  耳が痛かった。  悲しくもあったが、いつまでも泣いているわけにはいかない。  今、ここから逃げたら二度と自分の足で立てない気がした。  久々に外に出た。  太陽の光が眩しいぐらい輝いていた。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!